『正義の申し子』(染井為人)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/06
『正義の申し子』(染井為人), 作家別(さ行), 書評(さ行), 染井為人
『正義の申し子』染井 為人 角川文庫 2021年8月25日初版
物語のスピードに振り落とされるな! 告発系ユーチューバーの出来心から燃え広がる路傍のクズたちの大騒動 痛快ノンストップサスペンス
現実では引きこもりながら正義のユーチューバー “ジョン” として活躍する青年・純。悪徳請求業者に電話をかけ、相手をおちょくったところ大好評。キャラの濃い関西弁男を懲らしめた動画は爆発的に再生数を伸ばす。味をしめたジョンは、男とリアルに会って対決し、それも配信しようと画策する。一方、請求業者の鉄平もジョンを捕まえようと動き始めた。2人が顔を合わせた時、半グレや女子高生をも巻き込む大事件に発展する! (角川文庫)
十四時半。そろそろ始めるか。純はひとつ伸びをすると反動をつけてベッドから立ち上がった。そのままデスクトップパソコンの前に陣取り、電源を入れた。次に抽斗からタイガーデザインのマスクを取り出し、前髪を巻き込まないようにしてそれを被った。その上にさらにヘッドマイクを装着する。マウスとキーボードを操り、ユーチューブにログインし、カメラアングルを微調整した。すでにディスプレイにはタイガーマスクを被った勇ましい男の姿が映し出されている。
純はネット世界の表現者だ。俗にいう、ユーチューバーである。ハンドルネームはジョン。顔は公開しておらず、《いい加減顔晒せよカス》 などといった中傷コメントも結構もらう。
「ジョジョジョジョーン。笑いを愛し、笑いに愛された正義の申し子、ジョン様の登場だっ。今日もおまえらにジャスティスなショーをお届けするぜーっ」
純が毎度お決まりの登場文句をハイテンションで口にする。ジョンになっているときは人格が別人のように変わる。人の目を見て話すことにすら難儀する純とはちがい、ジョンはどこまでもハッピーで、ユーモラスで、そして過激な人間だ。(本文P7 ~ 9 抜粋)
さて、そんなユーチューバーのジョンが選んだメール=今回のターゲットはといいますと、
会員番号:M67392様
(株) コスパ総合調査 担当の森口と申します。
この度、『マジカルハッピー』 サイト運営会社様より弊社が依頼を受けまして、お客様にご連絡をさせていただきました。
お客様がご使用中の携帯電話の端末認証記録により、『マジカルハッピー』 内 《着メロ・天気・懸賞・ニュース・ギャンブル・出会い・アダルト動画》 等のコンテンツの利用登録があり、登録料等の長期滞納が続いている状態にあると報告を受けております。今後は個体識別番号から追跡し、身元調査を行い、損害賠償等を求める民事裁判 (民事訴訟) となります。
通信記録という証拠を提出したうえでの裁判であるため、誤っての登録であっても支払い命令が下されます。訴訟差し止め、退会処理希望の方は本日中に大至急ご連絡下さい。
後に続けて、連絡先の電話番号、受付時間等の記載があり、最後にメールでの対応は不可、とあります。
実は 『マジカルハッピー』 というサイトはエロ系の動画サイトで、「コスパ総合調査」 という会社は上記のような架空請求メールをばらまいて金儲けしていることを、ジョンは百も承知で、リアルタイムで徹底的に懲らしめてやろうと考えています。
ジョンは異常なほど正義感が強く、潔癖な人間でした。但し、ただの好青年ではありません。怒らせると冷酷になり、きっちり報復しないと気が済みません。いつの間にか、そんな人格が形成されていました。純はたまに自分は二重人格なのではないかと思うときがあります。この肉体には純とジョンの二人の意識が存在しているのだと。
そんなジョンが狙いを定めたのが、メールにあった担当の森口でした。メールにある番号に電話をかけてわかるのですが、森口はジョンと同じくらいに若そうな男性でした。そして、やがてわかるのですが、本名を栗山鉄平といいます。(この鉄平が実におもしろい)
※物語は、状況を変え、立場を変え、ジョン(または純) と鉄平の尋常ならざるバトルの応酬に終始しますが、最後の最後、二人は思わぬ結末を迎えることになります。私は思うのですが、「痛快ノンストップサスペンス」 というのは誤りで、正しくは 「爆笑ノンストップコメディー」 というべき話だろうと。シリアスとはまるで真逆の作品です。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆染井 為人
1983年千葉県生まれ。
作品 2017年、『悪い夏』 で第37回横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞し、デビュー。他に「正体」「震える天秤」等
関連記事
-
『さよならドビュッシー』(中山七里)_書評という名の読書感想文
『さよならドビュッシー』中山 七里 宝島社 2011年1月26日第一刷 ピアニストからも絶賛!
-
『殺戮にいたる病』(我孫子武丸)_書評という名の読書感想文
『殺戮にいたる病』我孫子 武丸 講談社文庫 2013年10月13日第一刷 東京の繁華街で次々と猟奇
-
『ニワトリは一度だけ飛べる』(重松清)_書評という名の読書感想文
『ニワトリは一度だけ飛べる』重松 清 朝日文庫 2019年3月30日第1刷 この物
-
『スペードの3』(朝井リョウ)_書評という名の読書感想文
『スペードの3』朝井 リョウ 講談社文庫 2017年4月14日第一刷 有名劇団のかつてのスター〈つ
-
『死者の奢り・飼育』(大江健三郎)_書評という名の読書感想文
『死者の奢り・飼育』大江 健三郎 新潮文庫 2022年11月25日84刷 23歳と
-
『八月の青い蝶』(周防柳)_書評という名の読書感想文
『八月の青い蝶』周防 柳 集英社文庫 2016年5月25日第一刷 急性骨髄性白血病で自宅療養するこ
-
『消滅世界』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文
『消滅世界』村田 沙耶香 河出文庫 2018年7月20日初版 世界大戦をきっかけに、人工授精が飛躍
-
『地面師たち』(新庄耕)_書評という名の読書感想文
『地面師たち』新庄 耕 集英社文庫 2022年2月14日第2刷 そこに土地があるか
-
『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』(尾形真理子)_書評という名の読書感想文
『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』尾形 真理子 幻冬舎文庫 2014年2月10日初版 年
-
『ラブレス』(桜木紫乃)_書評という名の感想文
『ラブレス』 桜木 紫乃 新潮文庫 2013年12月1日発行 桜木紫乃は 『ホテルローヤル』