『あたしたち、海へ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『あたしたち、海へ』井上 荒野 新潮文庫 2022年6月1日発行

親友同士が引き裂かれた。いじめる側と、いじめられる側へ - 。
生贄になんて絶対になる必要がない。手を取り合って、逃げよう。

有夢と瑤子と海は、いつも好きなアーティストの話で盛り上がる親友同士。しかし私立中学校に進学後、関係が一変する。クラスを仕切る女子に反発した海に対し、報復のいじめが始まったのだ。有夢と瑤子も次第に抗いきれなくなり - 。海の母親、担任ら、大人の視点からも浮かび上がる理不尽な社会の 「仕組み」。心を削る暴力の輪に組み込まれ、もがく全ての人に、一筋の光を照らす長編小説。(新潮文庫)

正しかったのは海の方でした。しかし、(だからといって) 安易にそうだとは言えません。言えばたちまち、自分が次の “餌食” になるのがわかっているからでした。誰も、何も言いません。有夢も瑤子も、担任も。見て見ぬふりを通します。学校に、海を援護する人間は誰もいません。

「木明瑤子」 と 「小川有夢」 は、ときに 「ユムヨーコー! 」 とひと繋がりに呼ばれるほど仲が良く、首都圏にある同じ中高一貫の私立女子高 「桐ヶ丘女子学園」 に進学した。現在、中二。この学校を受験して、合格して、入学したときには、同じ新興住宅地に住む 「野方海」 も一緒だった。三人そろってリンド・リンディの大ファンでもある。

でも、海はいまではH町の公立中学に転校している。ことの発端は一年前の六月、校内リレーマラソン大会だ。一クラス三十人のなかから、くじで十人の走者が選ばれるが、大方の生徒は走りたくない (走りたくてもそう言える雰囲気ではない)。可愛くて、おしゃれで、家も裕福な、ダンス部の 「ルエカ」 を中心とする女子グループは、ユニフォームのデザイン係を買って出たうえ、この仕事があるからくじは引かないと宣言した。これに一人だけ真っ向から異議を唱え、自分もくじを拒否したのが、海だったのだ。(解説より)

事の起こりは、こんなことでした。海を思い、母の和子は海の転校を決意します。ところが、それでも海に向けたルエカのいじめは終わりません。親友の有夢と瑤子を巻き込んで、ルエカは更なるいじめを企んでいたのでした。結果、有夢と瑤子は海に対し、取り返しのつかないほどの裏切りをすることになります。

海の母・和子は、高齢者専用マンションの厨房係として働いています。彼女は、勿論のこと、娘・海の現在の状態に強く心を砕き、その将来に大きな不安を抱いています。それともうひとつ。娘の心の在り様に、実は、自分がしてきたことが大いに影響しているのではないかと心配しています。海がいじめに遭うのは、畢竟自分のせいではないのかと。

そんな母・和子が、ある日職場で気が付いたのが以下の文章です。(私も過去に似た経験があり、強く印象に残っています。この小説を端的に解説しているように思います)

波多野さんはひとりぼっちだ。
野方和子は思う。
波多野さんもひとりぼっちだ。
和子は心の中でそう言い直す。
波多野さんはいじめられている。
波多野さんもいじめられている。

波多野さんは三ヶ月くらい前に、この高齢者専用マンションの住人になった。新しい住人が増えたときには必ずやることになっている歓迎会 - 夕食時、食堂で当人に自己紹介させて、先住者たちが拍手する、というだけのものだが - で、趣味は読書だと言い、好きな作家はフォークナーとマルグリット・デュラスだと言ったのだった。和子はそれで波多野さんに興味を持ったわけだが、住人の中にフォークナーやデュラスの名前を知っているひとは少なかったいや、実際のところ、いなかったのだろう

それで、波多野さんってなんだか気取ってるわよねという雰囲気になった。もちろん、そういう雰囲気を率先して作り出した者がいる、ということだ。それはこのマンションの住人のボスだった。ボスはどこにでもいる。集団があれば、ボスがあらわれる。中学校でも、老人ばかりのマンションでも。(本文より)

どうでしょう? みなさんにもきっと似た経験があると思うのですが。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆井上 荒野
1961年東京都生まれ。
成蹊大学文学部英米文学科卒業。

作品 「虫娘」「ほろびぬ姫」「切羽へ」「つやのよる」「誰かの木琴」「ママがやった」「赤へ」「その話は今日はやめておきましょう」「あちらにいる鬼」「生皮」他多数

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