『119 (イチイチキュウ)』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/06
『119 (イチイチキュウ)』(長岡弘樹), 作家別(な行), 書評(あ行), 長岡弘樹
『119 (イチイチキュウ)』長岡 弘樹 文春文庫 2022年3月10日第1刷
ベストセラー 『教場』 に続く名作が誕生!! 消防士×ミステリ 多彩な心理劇を描く、心震える9つの短篇。
消防署漆間分署、第一警防課第一救急係の今垣睦生は、増水している川へ飛び込もうとした女性を救う。今垣と交際を始めた彼女はなぜか再び自殺を試みる・・・・・・・(「石を拾う女」)。 西部分署副署長の吉国智嗣は、殉職した息子のお別れ会で思い出を語る。しかし、息子の死の真相は・・・・・・・(「逆縁の午後」)。他、全九篇収録。(文春文庫)
全九篇の中から、いくつかを紹介しましょう。
第一話 「石を拾う女」
今垣睦生は、漆間分署の第一警防課第一救急係に所属する、キャリア二十年の消防司令である。警察でいえば警部クラスにあたるベテランだ。研修帰りの今垣が気になる女性を見かけ、彼女が増水している川に飛び込もうとしたところを救うのが (一連の) 物語の発端だ。
今垣の妻はうつ病が原因で、自らの命を絶っていた。今垣が救った女性 - 高槻三咲季の歩く姿が、亡き妻の後ろ姿に似ていたため、気になって彼女の後を追っていたのだ。これがきっかけとなり、今垣は三咲季とつき合うようになるが、再び彼女は薬を飲んで自殺未遂を引き起こす。
第五話 「山羊の童話」 で登場する垂井柾彬は、自殺企図者の救助に失敗して死なせてしまった過去がある。その思いを拭うことができず、ついに退職してしまったのだ。そんな男が友人の部屋で痛飲して寝入ってしまった際に火事に巻き込まれてしまう。
第七話 「救済の枷」 は、本作中もっとも異色の作品かもしれない。レスキュー技術の伝授のために、姉妹都市であるコロンビアのM市に、第三話 「反省室」 にも登場した猪俣威昌が出向するというストーリーだ。だが彼の心にはある屈託があった。三ヶ月前の現場で、部下を死なせてしまったのだ。コロンビアは誘拐事件が頻発する国だ。猪俣は指導に当たった現地の消防士から、わざと危険な目に遭うためにやってきたのではないかと喝破される。
*
全九篇の物語の中では、およそ十年という時が流れる。新人だった消防士も、救急隊やレスキュー隊も経験した十年選手になっているのだ。今垣の同期・吉国の中学生だった息子も成長して、父と同じ消防士になる。その親子のエピソードは、今垣の 〈現在〉 とともに最終話 「逆縁の午後」 で語られる。(以下略/解説より抜粋)
※和佐見市という架空の市にある漆間分署に所属する消防士たちを描いた物語。彼らの仕事は常に危険と隣り合わせで、罹災者や、ときに仲間の死をも見つめてきた者たちであるわけですが、その苛烈な “職場” のあり様や、自身が抱えるプレッシャーや葛藤というものを - たとえば、警察官ほどには認知されていません。名もない一人の消防士がヒーローであるような - そんな小説を、私は読んだことがありません。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆長岡 弘樹
1969年山形県山形市生まれ。
筑波大学第一学群社会学類卒業。
作品 「陽だまりの偽り」「傍聞き」「教場」「教場2 」「線の波紋」「波形の声」「血縁」「にらみ」「夏の終わりの時間割」他多数
関連記事
-
『あなたの本/Your Story 新装版』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文
『あなたの本/Your Story 新装版』誉田 哲也 中公文庫 2022年8月25日改版発行
-
『あのこは貴族』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文
『あのこは貴族』山内 マリコ 集英社文庫 2019年5月25日第1刷 TOKYO
-
『やさしい猫』(中島京子)_書評という名の読書感想文
『やさしい猫』中島 京子 中央公論新社 2023年5月30日8版発行 吉川英治文学
-
『青い壺』(有吉佐和子)_書評という名の読書感想文
『青い壺』有吉 佐和子 文春文庫 2023年10月20日 第19刷 (新装版第1刷 2011年7月
-
『生きる』(乙川優三郎)_書評という名の読書感想文
『生きる』乙川 優三郎 文春文庫 2005年1月10日第一刷 亡き藩主への忠誠を示す「追腹」を禁じ
-
『アカペラ/新装版』(山本文緒)_書評という名の読書感想文
『アカペラ/新装版』山本 文緒 新潮文庫 2020年9月30日5刷 人生がきらきら
-
『絵が殺した』(黒川博行)_書評という名の読書感想文
『絵が殺した』黒川 博行 創元推理文庫 2004年9月30日初版 富田林市佐備の竹林。竹の子採り
-
『十九歳の地図』(中上健次)_書評という名の読書感想文
『十九歳の地図』中上 健次 河出文庫 2020年1月30日新装新版2刷 「俺は何者
-
『緋い猫』(浦賀和宏)_書評という名の読書感想文
『緋い猫』浦賀 和宏 祥伝社文庫 2016年10月20日初版 17歳の洋子は佐久間という工員の青年
-
『ifの悲劇』(浦賀和宏)_書評という名の読書感想文
『ifの悲劇』浦賀 和宏 角川文庫 2017年4月25日初版 小説家の加納は、愛する妹の自殺に疑惑