『あなたの涙は蜜の味|イヤミス傑作選』(宮部みゆき 辻村深月他)_書評という名の読書感想文

『あなたの涙は蜜の味|イヤミス傑作選』宮部みゆき 辻村深月他 PHP文芸文庫 2022年9月22日第1版第1刷

衝撃の結末に心がざわつくあなたの不幸は蜜の味に続く鳥肌必至のアンソロジー! 見たくないと思いつつ、最後まで読まずにいられなくなること請け合います。解説:嫌度数マックスの作品集 細谷正充 (PHP文芸文庫)

[出典]
◎「パッとしない子」 (辻村深月 『噛みあわない会話と、ある過去について』 所収、講談社文庫
◎「福の神」 (宇佐美まこと、書き下ろし)
◎「コミュニティ」 (篠田節子 『コミュニティ』 所収、集英社文庫)
◎「北口の女」 (王谷 晶 『完璧じゃない、あたしたち』 所収、ポプラ文庫)
◎「ひとりでいいのに」 (降田 天、書き下ろし)
◎「口封じ」 (乃南アサ 『幸せになりたい』 所収、祥伝社文庫)
◎「裏切らないで」 (宮部みゆき 『返事はいらない』 所収、新潮文庫)

(私が選ぶ) 読んでほしいと思う作品 「北口の女王谷 晶

本作が収録された、王谷晶の短篇集 『完璧じゃない、あたしたち』 との出会いは衝撃的だった。恥ずかしながら、それまでまったく視界に入っていない作者だったが、面白いとの評判を聞いてなんとなく手に取った。しかし一読、ビックリ仰天。どれもこれも面白い。あまりにも面白かったので、ちょうど立ち上げた細谷正充賞という、私が選ぶ文学賞の第一回の受賞作の一冊に選んでしまったほどである。

その 『完璧じゃない、あたしたち』 の中で、特にぶちのめされたのが、本作なのだ。大麻取締法違反で逮捕され、不起訴になったものの事務所を解雇され、生まれ故郷に戻ってきた大物演歌歌手の磐梯山ミヤコ。主人公の “私” は、そのミヤコの付き人だ。今も、ミヤコの故郷で彼女の姉が経営する弁当屋で働き、生活を支えている。そんなとき、”一拍さん” というあだ名を付けた若い女性が、とてつもない歌唱力の持ち主と知る。部屋に閉じこもってゲームばかりしているミヤコに、”私” は “一拍さん” の凄さを伝えるのだが・・・・・・・。

才能を持つ者と持たない者。その差がもたらす絶望を、作者は鮮やかに表現する。それを際立たせるのが、最後の “私” の叫びで明らかになる、意外な事実だ。ミステリーでいうところの “フィニッシング・ストローク (最後の一撃)” を、見事に決めた逸品である。

※意外だったのは、乃南アサの 「口封じ」 という作品。予想の何倍もエグい作品で、読んだあなたは、主人公の井原孝枝という女性に言い様のない嫌悪感を抱くことでしょう。人としてどうなんだと。強く憤るに違いありません。

しかし、ここでよくよく考えなくてはいけません。大きな声では言えませんが、孝枝が思う理屈に、抱く感情に、(後ろめたくはあるものの) 微かに頷く自分がいたりはしませんか、と。「嫌度数マックスの名品である」 という評価の本意は、実はそこにこそあるのだと思います。

この本を読んでみてください係数 85/100

関連記事

『猫を棄てる』(村上春樹)_父親について語るとき

『猫を棄てる 父親について語るとき』村上 春樹 文藝春秋 2020年4月25日第1刷

記事を読む

『格闘する者に◯(まる)』三浦しをん_書評という名の読書感想文

『格闘する者に◯(まる)』 三浦 しをん 新潮文庫 2005年3月1日発行 この人の本が店頭に並

記事を読む

『沈黙の町で』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『沈黙の町で』奥田 英朗 朝日新聞出版 2013年2月28日第一刷 川崎市の多摩川河川敷で、

記事を読む

『いかれころ』(三国美千子)_書評という名の読書感想文

『いかれころ』三国 美千子 新潮社 2019年6月25日発行 「ほんま私は、いかれ

記事を読む

『海』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『海』小川 洋子 新潮文庫 2018年7月20日7刷 恋人の家を訪ねた青年が、海か

記事を読む

『殺人鬼フジコの衝動』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『殺人鬼フジコの衝動』真梨 幸子 徳間文庫 2011年5月15日初版 小学5年生、11歳の少

記事を読む

『偽りの春/神倉駅前交番 狩野雷太の推理』(降田天)_書評という名の読書感想文

『偽りの春/神倉駅前交番 狩野雷太の推理』降田 天 角川文庫 2021年9月25日初版

記事を読む

『家系図カッター』(増田セバスチャン)_書評という名の読書感想文

『家系図カッター』増田 セバスチャン 角川文庫 2016年4月25日初版 料理もせず子育てに無

記事を読む

『おらおらでひとりいぐも』(若竹千佐子)_書評という名の読書感想文

『おらおらでひとりいぐも』若竹 千佐子 河出書房新社 2017年11月30日初版 結婚を3日後に控

記事を読む

『くっすん大黒』(町田康)_書評という名の読書感想文

『くっすん大黒』町田 康 文春文庫 2002年5月10日第一刷 三年前、ふと働くのが嫌になって仕事

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『時穴みみか』(藤野千夜)_書評という名の読書感想文

『時穴みみか』藤野 千夜 双葉文庫 2024年3月16日 第1刷発行

『作家刑事毒島の嘲笑』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『作家刑事毒島の嘲笑』中山 七里 幻冬舎文庫 2024年9月5日 初

『バリ山行』(松永K三蔵)_書評という名の読書感想文

『バリ山行』松永K三蔵 講談社 2024年7月25日 第1刷発行

『少女葬』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『少女葬』櫛木 理宇 新潮文庫 2024年2月20日 2刷

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(麻布競馬場)_書評という名の読書感想文

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』麻布競馬場 集英社文庫 2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑