『土に贖う』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文

『土に贖う』河﨑 秋子 集英社文庫 2022年11月25日第1刷

明治30年代札幌。養蚕農家の娘ヒトエは、使用人たちと桑の葉を摘む日々。だが、養蚕農家が増え過ぎて・・・・・・・「蛹の家」。江別のレンガ工場の頭目・佐川。過酷な労働環境で年老いた部下が斃れ・・・・・・・「土に贖う」。ミンク養殖、ハッカ栽培、羽毛採取、蹄鉄屋など、可能性だけに賭けて消えていった男たち。道内に興り衰退した産業を悼みながら、生きる意味を冷徹に問う表題作他6編。圧巻の第39回新田次郎文学賞受賞作。(集英社文庫)

[目次]
蛹 の 家
頸、冷える
翠に蔓延る
南北海鳥異聞
うまねむる
土に贖う
温 む 骨

解説者・松井今朝子が北海道は根室半島寄りの別海町にある河﨑牧場を訪れたのは、2017年4月半ばのことでした。当時、著者はそこでお兄さん夫婦と100頭以上の乳牛を世話しつつ、20頭ほどの羊を飼育して 「羊飼い」 を自称する傍らの執筆活動でした。初めて上梓した小説 『颶風の王』 で、既に三浦綾子文学賞とJRA賞馬事文化賞をW受賞しています。

そうと知った時は、驚きました。滅多にこんな人はいないだろうと。寂寥感漂う道東で、女性で、何頭もの牛と羊の世話をしながら・・・・・・・他を圧倒して書く小説の源泉は、ここにあるのかと。

冬場はマイナス二十七度の極寒となる戸外で羊たちに給餌し、乳牛は毎朝晩五時台の搾乳が欠かせず、生き物を扱う仕事は当然ながらほぼ年中無休。牧場の作業と食事や最低限の身のまわりのことを済ませてからの執筆は夜十時以降となり、しかも早朝の作業に響かないようにしなくてはならない。聞くだに過酷な文筆活動を平淡に話す河﨑さんは、そんな苦労を微塵も感じさせない終始穏やかでにこやかな表情だった。

「羊飼いは顔も白い羊が好きな派と、顔の黒い子が好きな派に分かれていて」 と話しながら河﨑さんが案内された飼育場には顔の黒いサフォーク種が飼われていた。
「やっぱり黒い子のほうが可愛いですよね」 と無邪気そうにいわれても、河﨑さんは自分が育てた羊を食肉加工場から枝肉で引き取って、自らの手で精肉もなさっている方なのである。

「羊に名前とか付けてます? 」 と思わず問うたら、その時こちらの意図を察知したように続けられた発言が忘れがたい。
「羊は人間に食べられることで自分の種を残すという、生存戦略の側面があるんだと、羊飼いは思ってるんですよね」

本書に収録されていない彼女の作品から借用すれば、「生命の秤が違うな」 と感じさせる名言だった。(解説より)

※かつて、北の大地にあった豊かな暮らし。時代とともに亡びゆく産業に、己の運命に、抗ってでも生き延びようとする人たちがいます。その圧倒的リアリティ、迫りくる思いが胸を打ちます。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆河﨑 秋子
1979年北海道別海町生まれ。
北海学園大学経済学部卒業。

作品 「颶風の王」「肉弾」「鯨の岬」他

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