『モナドの領域』(筒井康隆)_書評という名の読書感想文
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『モナドの領域』(筒井康隆), 作家別(た行), 書評(ま行), 筒井康隆
『モナドの領域』筒井 康隆 新潮文庫 2023年1月1日発行
「わが最高傑作 にして、おそらくは 最後の長篇」 毎日芸術賞受賞|今、無限の存在である創造主GODが降臨する。
河川敷で若い女性の腕が発見された。ほどなく近隣のベーカリーでアルバイトの美大生が精巧な腕形のバゲットを作り、店の常連の美大教授が新聞のコラムで取り上げ、評判を呼ぶ。次に教授は公園で人を集め、その全知全能を示し始める。自らを神の上の 「無限の存在である創造主」 だという教授の真意とは。そして、バラバラ殺人の真相は? 天才筒井康隆がその叡智の限りを注ぎ込んだ歴史的傑作。(新潮文庫)
モナドとは何なのか? 「モナド、お前さんたちの言いかたで言うならプログラム」 - GODはそう言ったのでした。
さてもさても、この小説、主役は神である。
小説に神を登場させるのは禁じ手ではないのか。
神はその定義によって全知全能なのだ。
早い話が、ミステリで神が探偵だったら推理の必要もない。トリックも密室もアリバイも凶器も透明な箱のようなもので、殺人の場面から十ページで話は終わってしまう。この 『モナドの領域』 の神は明らかにユダヤ=キリスト教系の神だが新約のイエス・キリストではないし旧約のエホバでもない。故にみずからGODを名乗る (決して逆に綴ってはいけない)。
発端はバラバラ殺人事件。
河原の葦の間で若い女の腕が発見されて警察が捜査に入る。しばらくして、その腕にそっくりの形のバゲットがさるベーカリーの店頭に並ぶ。二千円の値がついている。この二つの事象の間の因果関係が少しずつ語られる。バゲットを作ったのは臨時のパン職人として雇われた美大の学生で、当然ながら彫刻・彫塑はお手のもの。しかし彼はどこでモデルとなる腕を見たのか?
ベーカリーはカフェを兼ねている。そこに常連の客として当の美大の結野教授がやってきて、ブランチとして (普通の) バゲットと目玉焼きとコーヒーを喫する。そして売り物の棚に置かれた腕のバゲットを見て作り手を尋ね、自分のところの学生と知って大笑いする。
結野教授がこの腕のバゲットのことを新聞のコラムに書いたので評判になって客が殺到する。新聞やテレビが取材に来る。学生は徹夜で量産に励んだあげく姿を消す。
*
学生と教授の両方に会った者は二人が 「黒目が眼球の上半分をふらふらさまよってて、心が架空の世界を彷徨してる」 ようだと言う。神に憑依された者の身体的特徴らしい。神である教授は自分をGODと呼ぶように言う。(解説よりby池澤夏樹)
結野教授の姿を借りて語るのは “神” ではありません。仮にGODと呼ぶそれは、自らを、神のそのまた上の存在だと言います。GODは 「宇宙」 に遍在 (「偏在」 ではありません。それとは真逆の意味) し、「遍在を通じて実は世界の外にいて、世界を見ていて、そしてすべてを肯定している」 のだと。
GODが語る話の大半は哲学的で難解に過ぎ、その何分の一も理解できないかもしれません。でも大丈夫。小説に登場する市井の人々と同様に、人の姿を借り、日本語で話すGODを、いつしかGODと信じて疑わないあなたがいることでしょう。読んだ、現に私がそうでした。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆筒井 康隆
1934年大阪府大阪市生まれ。
同志社大学文学部美学芸術学科卒業。
作品 「時をかける少女」「日本以外全部沈没」「虚人たち」「文学部唯野教授」「朝のガスパール」「わたしのグランパ」他多数
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