『遠巷説百物語』(京極夏彦)_書評という名の読書感想文
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『遠巷説百物語』(京極夏彦), 京極夏彦, 作家別(か行), 書評(た行)
『遠巷説百物語』京極 夏彦 角川文庫 2023年2月25日初版発行
物語がほどけ反転する衝撃 第56回吉川英治文学賞受賞作
遠野は化け物が集まんだ
江戸末期。難題が山積し、謀略が渦巻く盛岡藩。御譚調掛 (おんはなししらべかかり)・宇夫方祥五郎は筆頭家老より、市井の動向を探るべく、巷の噂話を聞き、真偽を見定め報せよと密命を受けていた。交易の要所・遠野保には、人が集い、「咄」(はなし)」 が生まれ「噺」(はなし)」 が集まる。そして - 化け物も。菓子屋から去った座敷童衆。眼鼻のない花嫁。娘を焼き殺す化鳥。奇怪な騒動の結末とは? 第56回吉川英治文学賞受賞作にしてシリーズ集大成! 解説・澤田瞳子 (角川文庫)
[目次]
・歯黒べったり
・磯 撫
・波 山
・鬼 熊
・恙 虫
・出 世 螺
ちょっと驚きました。というか、想像していたものとはおよそ別物で、そしてそれは私にとって大変好ましく、思いがけず得をしたような、凡庸に過ぎる先入観をまるごと覆されて、どこか清々したような、そんな気持ちになりました。
ここには “化け物” に名を借りた、また別の話が書いてあります。六つある話それぞれに、裏に隠れた真実や策謀を暴いてみせる手際の良さに、これは現に生きた人の話なんだと。昔あった世の不条理に報いるために、”化け物” が一役も二役も買った話なんだと。
『遠巷説百物語』 は、『巷説百物語』 シリーズ六作目。天保十年 (一八三九) の上方を描いた前作 『西巷説百物語』 からぐんと場所を移し、弘化二年 (一八四五) から翌年にかけての盛岡藩・遠野保が舞台である。
主人公たる宇夫方祥五郎は、かつて 『遠野古事記』 なる記録をまとめた武士・宇夫方広隆の血族。そんな出自もあって、巷にあふれるハナシを聞きつけ、悉く知らせる 「御譚調掛」 なる役目を仰せつけられた青年である。
ただ、この 「御譚調掛」 とは制度上存在せぬ御役とあって、祥五郎の身分は藩士ではなく浪々の身。その癖、盛岡藩筆頭家老と親しく言葉を交わすことすらできるという、海のものとも山のものともつかない - あえて言えば、遠野の山に生きる他界の者たちにも近しい立場に祥五郎はある。
それゆえに彼は仲蔵やお花といった 「半分ぐれえは化け物」 である裏の世界の住人と関わり合い、異界と此界の間に漂うハナシに触れ、様々な事件に関わり合う。
*
ただ実のところ祥五郎が遭遇する事件の大半は、姉妹間のトラブルや奇行に走る息子に対する父親の苦悩など、平凡な人間の姿に端を発している。それがどうにも収まりきれぬ絶望へと変わったとき、妖怪は現れ、その巨大な口で理不尽や恨みを何もかもがぶりと飲み込み、日常は語り継がれる 「譚」 へと変化するのだ。誰が信じるよと仲蔵は言った。
信じないだろう。
信じる訳がない。
「お信は病気、お定は神隠し。鉄漿女は狐か何かの仕業。それでいいのじゃねえか。こういうことはよ」
(「歯黒べったり」)ならば、妖怪たちの物語とは決して異界の様相を知らせるものではない。人々が生き続けるための安全装置であり、人生の喜怒哀楽の凝りにして、日々の日常と紙一重なのだ。(解説より)
※宇夫方祥五郎に連なるのは、仲蔵をはじめとする、”半ば化け物” のような、人里離れて山で暮らす孤高の人々でした。その、それぞれの、キャラクターが素晴らしい。「譚」 (はなし) が譚として残るのは、何も妖怪のせいばかりではありません。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆京極 夏彦
1963年北海道小樽市生まれ。
北海道倶知安高等学校卒業。専修学校桑沢デザイン研究所中退。
作品 「鉄鼠の檻」「魍魎の匣」「嗤う伊右衛門」「百鬼夜行-陰」「覘き小平次」「後巷説百物語」「邪魅の雫」「西巷説百物語」「死ねばいいのに」「オジいサン」「虚談」他多数
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