『メタボラ』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文
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『メタボラ』(桐野夏生), 作家別(か行), 書評(ま行), 桐野夏生
『メタボラ』桐野 夏生 文春文庫 2023年3月10日新装版第1刷
ココニイテハイケナイ。
孤独。貧困。破滅の予感 - 。僕たちはいったいどこへ行けばいいのだろう? 沖縄を舞台に、社会から疎外された若者のリアルな生態を描く傑作長編!
沖縄の密林で偶然出会った、記憶喪失の 「僕」 と故郷の島を捨てた昭光。名前を変え、過去のつながりを絶ち、新たな人生を歩もうとする二人に安住の地は見つかるのか - 。ニート、請負労働者、バックパッカー、ホスト等、社会の底辺で生きる若者たちの姿を鮮やかに描き、なお清新な余韻を残す傑作ロードノベル! (文春文庫)
気付くと、そこは亜熱帯のジャングルでした。「僕」 はそのときそれを知らないのですが、そこは沖縄本島の北部に位置する場所でした。
「僕」 は、自分に関する全ての記憶を失くしています。名前も年齢も、どこから来たのかも。荷物は見当たらず、身ひとつの 「僕」 は、なすすべがありません。
そこで 「僕」 は、伊良部昭光と出会います。彼は宮古島出身で、独立塾から脱走してきた青年でした。彼は二度と宮古へは帰らないと言い、すべてをリセットし、新たな人生を歩むのだと。ために、これからは自分をジェイクと呼んでほしいと言い、名無しの 「僕」 をギンジと名付けたのでした。
格差、貧困、就職氷河期、派遣切り、下流、親ガチャ・・・・・・・ 「時代」 を物語る言葉は殺伐を増すばかりだ。そしてさらに悪いことに、私たちはそのことにいつしか慣れてしまう。私たちは、毎年の自殺者数の統計を見て、「酷くなった」 とか 「少しマシだった」 などと感想を漏らす。心をいためるとさえ言えるのかもしれない。しかし、それでもやはり、数字は数字でしかない。2022年の日本の自殺者数は速報値で21,584人、前年との比較で500人ほど増えたが、経済状況の悪さに鑑みれば、私たちは 「この程度で済んだか」 と安堵することさえできるかもしれない。そのとき抜け落ちるのは、21,584人の人々のそれぞれが味わった21,584の苦悩と悲惨なのだ。
*
貧しくなるとはどういうことなのか、一億総中流社会が崩壊するとはどういうことなのか、雇用が不安定化するとはどういうことなのか、そして人が自死にまで追い込まれるとはどういうことなのか - 私が桐野夏生氏の作品を読むときに圧倒されるのは、この時代の経験を描き尽そうという作家の途轍もない気魄によってである。この気魄が余すところなく発揮されているのが、本作 『メタボラ』 である。『メタボラ』 が刊行されたのは2007年、リーマン・ショックの前夜であった。(以下略/解説より)
前向きに努力して、ホームレス状態から何とか抜け出そうとしていたし、工場労働も時期を一年と限って頑張るつもりだった。だが、うまくいかない失意が積もると、失敗を怖れて心の弾力性が失われる。
そう、僕はとても疲れていた。
慢性的な疲労の中で、
あらゆる感情が鈍磨していった。
磯村ギンジが、実は自分が香月雄太だと知るのは、物語も随分進んだ後になります。そしておそらくそこからがこの物語の山場、時代が生んだ若者たちの、報われない、顧みられることのない絶望へと、場面を変えていきます。
彼らは、その先どこへ行くのでしょう。目指すべき先が、あるのでしょうか。読んで 「なお清新な余韻を残す」 かどうかは、現に読んだあなたの感性に委ねることとしましょう。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆桐野 夏生
1951年石川県金沢市生まれ。
成蹊大学法学部卒業。
作品 「OUT」「グロテスク」「錆びる心」「夜また夜の深い夜」「奴隷小説」「バラカ」「猿の見る夢」「夜の谷を行く」「路上のX」「デンジャラス」「日没」「砂に埋もれる犬」他多数
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