『成瀬は天下を取りにいく』(宮島未奈)_書評という名の読書感想文

『成瀬は天下を取りにいく』宮島 未奈 新潮社 2023年3月15日発行

「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」。
各界から絶賛の声続々、いまだかつてない青春小説!

中2の夏休みの始まりに、幼馴染の成瀬がまた変なことを言い出した。コロナ禍、閉店を控える西武大津店に毎日通い、中継に映るというのだが・・・・・・・。さらにはM-1に挑み、実験のため坊主頭にし、二百歳まで生きると堂々と宣言。今日も全力で我が道を突き進む成瀬から、誰もが目を離せない! 話題沸騰、圧巻のデビュー作。(新潮社)

「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」 主人公・成瀬の、この不可解かつセンセーショナルな決意表明で幕を開けるのが第一話 - 第20回 「女による女のためのR – 18文学賞」大賞を始めとする三賞を独占受賞した - 「ありがとう西武大津店」 です。

滋賀県の県庁所在地・大津市の琵琶湖畔に建つ西武百貨店大津店の閉店を一ヶ月後に控えた中2の夏休み。市内の中学校に通い、百貨店近くのマンションに住む成瀬あかりは、閉店までの間、滋賀のローカル番組 「ぐるりんワイド」 で放送される西武大津店の中継画面の背景に映り込み、それを連日続けることを宣言し、みごと実行してみせたのでした。

成瀬の (一見突飛にみえる) 行動は、それだけに止まりません。同じマンションに住んでいる同級生・島崎を相方にM-1に挑み、高校入学時には丸坊主になって周囲を驚かせたりします。自分は二百歳まで生きると断言し、そのための日々の努力を怠りません。

成瀬のことを、周囲は 「ちょっと変わった子」 だと思っています。しかし、成瀬がするすべてのことは、彼女なりにきちんと理由があってのことでした。こうと決めると、成瀬は躊躇しません。一切の邪念を払い、掲げた目標に全力を注ぐのでした。

「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」
一学期の最終日である七月三十一日、下校中に成瀬がまた変なことを言い出した。いつだって成瀬は変だ。十四年にわたる成瀬あかり史の大部分を間近で見てきたわたしが言うのだから間違いない。

わたしは成瀬と同じマンションに生まれついた凡人、島崎みゆきである。私立あけび幼稚園に通っている頃から、成瀬は他の園児と一線を画していた。走るのは誰より速く、絵を描くのも歌を歌うのも上手で、ひらがなもカタカナも正確に書けた。誰もが 「あかりちゃんはすごい」 と持て囃した。本人はそれを鼻にかけることなく飄々としていた。わたしは成瀬と同じマンションに住んでいることが誇らしかった。(本文より)

「一人でなんでもできてしまう」 成瀬は、それ故、安易に他人を寄せ付けません。意図的にそうしているわけではないのですが、どうしても周囲からは感じが悪いと受け取られてしまいます。成瀬がどんどん孤立していくなかで、島崎は島崎なりに成瀬との付き合い方を考えざるを得なくなります。

そんなある日、島崎はマンションのエントランスで大きな荷物を持った成瀬とすれ違います。無視するのも悪いかと思い、「どこ行くの? 」 と声をかけたところ、成瀬は 「島崎、わたしはシャボン玉を極めようと思うんだ」 と言って出て行ったのでした。二人が小学五年の頃のことです。

※成瀬は島崎のことを、下の名前ではなく 「島崎」 と呼び捨てにしています。島崎もまた同様で、二人はまるで男同士の友人のようで、湿り気のないあっけらかんとした関係にも感じられます。島崎にとってそれは、時として少し虚しいことでもありました。

しかしながら、それでも付き合いは途切れることなく続きます。成瀬が島崎をかけがえのない存在と知るのは、後半、二人が大学受験に臨む前の頃です。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆宮島 未奈
1983年静岡県富士市生まれ。滋賀県大津市在住。
京都大学文学部卒業。

作品 2018年 「二位の君」 で第196回コバルト短編小説新人賞を受賞 (宮島ムー名義)。2021年 「ありがとう西武大津店」 で第20回 「女による女のためのR – 18文学賞」 大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞。同作を含む本書がデビュー作。

関連記事

『強欲な羊』(美輪和音)_書評という名の読書感想文

『強欲な羊』美輪 和音 創元推理文庫 2020年4月17日7刷 第7回ミステリーズ

記事を読む

『なめらかで熱くて甘苦しくて』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『なめらかで熱くて甘苦しくて』川上 弘美 新潮文庫 2015年8月1日発行 少女の想像の中の奇

記事を読む

『えんじ色心中』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『えんじ色心中』真梨 幸子 講談社文庫 2014年9月12日第一刷 ライターの収入だけでは満足

記事を読む

『ハコブネ』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『ハコブネ』村田 沙耶香 集英社文庫 2016年11月25日第一刷 セックスが辛く、もしかしたら自

記事を読む

『いのちの姿/完全版』(宮本輝)_書評という名の読書感想文

『いのちの姿/完全版』宮本 輝 集英社文庫 2017年10月25日第一刷 自分には血のつながった兄

記事を読む

『にらみ』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『にらみ』長岡 弘樹 光文社文庫 2021年1月20日初版 窃盗の常習犯・保原尚道

記事を読む

『職業としての小説家』(村上春樹)_書評という名の読書感想文

『職業としての小説家』村上 春樹 新潮文庫 2016年10月1日発行 第二回(章)「小説家になっ

記事を読む

『曼珠沙華』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文

『曼珠沙華』宮部 みゆき 角川文庫 2024年6月15日 再版発行 あなたの時間を少しだけ、

記事を読む

『15歳のテロリスト』(松村涼哉)_書評という名の読書感想文

『15歳のテロリスト』松村 涼哉 メディアワークス文庫 2021年8月5日24版発行

記事を読む

『太陽の塔』(森見登美彦)_書評という名の読書感想文

『太陽の塔』森見 登美彦 新潮文庫 2018年6月5日27刷 私の大学生活には華が

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

『ささやかな、あるいは取り返しがつかないもの』 (八木詠美)_書評という名の読書感想文

『ささやかな、あるいは取り返しがつかないもの』 八木 詠美 筑摩書房

『善人たち』 (遠藤周作)_書評という名の読書感想文

『善人たち』 遠藤 周作 新潮文庫 2026年9月1日 発行

『新しい恋愛』 (高瀬隼子)_書評という名の読書感想文

『新しい恋愛』 高瀬 隼子 講談社文庫 2026年8月12日 第1刷

『可燃物/県警捜査第一課葛警部』 (米澤穂信)_書評という名の読書感想文

『可燃物/県警捜査第一課葛警部』 米澤 穂信 文春文庫 2026年9

『わたしが・棄てた・女』 (遠藤周作)_書評という名の読書感想文

『わたしが・棄てた・女』 遠藤 周作 新潮文庫 2026年9月1日

→もっと見る




  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑