『他人事』(平山夢明)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/06
『他人事』(平山夢明), 作家別(は行), 平山夢明, 書評(は行)
『他人事』平山 夢明 集英社文庫 2022年11月14日第13刷
本当の恐怖はすぐそばにある
絶望と狂気こそが最高のエンターテインメント 不気味で無意味な心の闇を覗く全14編!交通事故に遭った男女を襲う “無関心” という恐怖を描く表題作、引きこもりの果てに家庭内暴力に走った息子の殺害を企てる夫婦の絶望 (「倅解体」)。孤独に暮らす女性にふりかかる理不尽な災禍 (「仔猫と天然ガス」)。定年を迎えたその日、同僚たちに手のひら返しの仕打ちを受ける男のおののき (「定年忌」) ほか、理解不能な他人たちに囲まれているという日常的不安が生み出す悪夢を描く14編。(集英社文庫)
『あむんぜん』 (集英社文庫) を読み、この本を知りました。とにもかくにも読みたいと、すぐに本屋へ行きました。
それが私の何を刺激したのかはわかりませんが、読む気を誘う “よからぬ” 予感がありました。不穏であるとか不条理だとか、無意味だとか非道だとか - 人の弱みにつけ込んで、相手の立場を一切顧みないであるとかの、人が 「人としてどうかと思う」 あれやこれが描かれています。
表題作 「他人事」 は、不慮の事故で崖から転落し、瀕死の重傷を負って車内に閉じ込められた男女と、助けを求める彼らの必死の願いをのらりくらりとはぐらかしていく男との、不条理な会話から成り立っている。生と死、紙一重の境目で生き延びようとする者と、あきらめた者。両者の間でやり取りされる言葉が、少しずつズレていく感じがたまらない。
一方が懇願する合理的な解決を、一方が少しずつずらしていってジリジリと時間が経ち、最後に全てが取り払われる。絶望の果てに訪れる無意味な死。あきらめた人間ほど怖いものはないという、そんな恐怖がひしひしと伝わる傑作である。
この短編集全体を通じていえることでもあるのだが、何もかもあきらめた状態の中で噴出する黒い部分、人間としてあってはならない黒い部分をこうして活字として読めたことが、僕にはものすごく刺激的だった。
*
そして、十四編の中で僕の一番のお気に入りが、「仔猫と天然ガス」。これを読んで、今夜はここでやめようと思い、次の作品もすごいストーリーだったらもったいないからと本を閉じたのだ。まさしく平山作品の真骨頂。もしかしたらこんな展開になるのかな・・・・・・・などと考えながら読みつつ、しかし結局はオチなど全くない、こういう小説が僕は大好きだ。説明できる恐怖なら、いくらでも描けるが、無意味で何の合理的な説明もつかない不条理な恐怖というのは、描けそうで描けないものなのである。少なくとも僕には、なかなかできることではないので、こういう作品には心惹かれる。(冨樫義博・漫画家/解説より)
こんな本には滅多と出会えません。「あってはならないことがすぐそばで、実は現実に起こっているという恐怖」 を、包み隠さず赤裸々に、ぼかすことなく鮮明に描写してみせています。偶然とはいえ、こんな本に出会えたことを感謝したいと思います。
[目次]
・他人事
・倅解体
・たったひとくちで・・・・・・・
・おふくろと歯車
・仔猫と天然ガス
・定年忌
・恐怖症召還
・伝書猫
・しょっぱいBBQ
・れざれはおそろしい
・クレイジーハニー
・ダーウィンとべとなむの西瓜
・人間失格
・虎の肉球は消音器 以上14編
この本を読んでみてください係数 85/100
◆平山 夢明
1961年神奈川県川崎市生まれ。
法政大学中退。
作品 「異常快楽殺人」「SINKER - 沈むもの」「メルキオールの惨劇」「独白するユニバーサル横メルカトル」「ダイナー」「あむんぜん」他多数
関連記事
-
『漂砂のうたう』(木内昇)_書評という名の読書感想文
『漂砂のうたう』木内 昇 集英社文庫 2015年6月6日 第2刷 第144回 直木賞受賞作
-
『Blue/ブルー』(葉真中顕)_書評という名の読書感想文
『Blue/ブルー』葉真中 顕 光文社文庫 2022年2月20日初版1刷 ※本作は書
-
『ビニール傘』(岸政彦)_書評という名の読書感想文
『ビニール傘』岸 政彦 新潮社 2017年1月30日発行 共鳴する街の声 - 。絶望と向き合い、そ
-
『ボラード病』(吉村萬壱)_書評という名の読書感想文
『ボラード病』吉村 萬壱 文春文庫 2017年2月10日第一刷 B県海塚市は、過去の災厄から蘇りつ
-
『ヒポクラテスの憂鬱』(中山七里)_書評という名の読書感想文
『ヒポクラテスの憂鬱』中山 七里 祥伝社文庫 2019年6月20日初版第1刷 全て
-
『プラナリア』(山本文緒)_書評という名の読書感想文
『プラナリア』山本 文緒 文春文庫 2020年5月25日第10刷 どうして私はこん
-
『橋を渡る』(吉田修一)_書評という名の読書感想文
『橋を渡る』吉田 修一 文春文庫 2019年2月10日第一刷 ビール会社の営業課長
-
『絶叫委員会』(穂村弘)_書評という名の読書感想文
『絶叫委員会』穂村 弘 ちくま文庫 2013年6月10日第一刷 「名言集・1 」 「俺、砂糖入れ
-
『ポトスライムの舟』(津村記久子)_書評という名の読書感想文
『ポトスライムの舟』津村 記久子 講談社 2009年2月2日第一刷 お金がなくても、思いっきり
-
『彼女は頭が悪いから』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文
『彼女は頭が悪いから』姫野 カオルコ 文藝春秋 2018年7月20日第一刷 (読んだ私が言うのも