『改良』(遠野遥)_書評という名の読書感想文
『改良』遠野 遥 河出文庫 2022年1月20日初版発行
これが、芥川賞作家・遠野遥のはじまりだ 第56回文藝賞受賞 驚愕のデビュー作
彼はただ、美しくなりたかっただけだった -
ゆるやかな絶望を生きる大学生の 「私」 は、バイトで稼いだ金をデリヘルと美容に費やす日々。やがて女性の服を買い、「美しさを人に認められたい」 と願うようになる。しかし人生で唯一抱いたその望みが、理不尽な暴力を運んできて - 。平成生まれ初の芥川賞作家、鮮烈のデビュー作。第56回文藝賞受賞。 ◎解説=平野啓一郎 (河出文庫)
「書いてある “あたり前” に感じる言い様のない違和感 - それはもう不快感といっていいでしょう - の正体とは一体何なのでしょう? 素直に受け入れられないのには、どんな訳があるのでしょう」 芥川賞受賞作 『破局』 を読んだ、これは私の感想。
本作 『改良』 もまた同様で - 作品全体を支配しているのが、ルッキズムである (解説より) - のはわかるのですが、とは言え、「私」 がとる行動や、とるに至る思考の過程がよくわかりません。
ただ、言えるのは、「私」 という人物は 「人としての感覚がどこか麻痺している」 ようで、その分人には 「従順である」 ということです。
私は嘗て、「『機械』 (横光利一) には、ただ心理だけがあり、感情がない。」 (「独白の不穏」 『モノローグ』 収録) と書いたことがあるが、『改良』 に読者が感じる違和感も、これと似ている。主人公の “納得する” 理屈は、その一文だけ取り出してみれば、瑕疵なく意味をなしているが、しかし、普通なら、状況に対してそれを適用しようとした時、何かもっと感情的な抵抗があるはずなのではないか、と感じられる。この小説に、どことなく人間の思考を学習したAIが書いたかのような雰囲気があるのは、そのためである。
主人公の強制に対する態度は、しばしば過剰適応的に見える。一概にヘンだとも言えないが、全体として共感出来るというわけでもない。しかし、本作が最終的に突こうとしているのは、まさにその微妙な一点なのである。(解説より)
これをあなたが “正しく” 理解できるかどうかはわかりません。しかし、確かに、こんな人は 「いるのだろう」 と。それが証拠に、現に書いた作家がいるのですから。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆遠野 遙
1991年神奈川県生まれ。東京都在住。
慶応義塾大学法学部卒業。
作品 2019年、『改良』 で第56回文藝賞を受賞しデビュー。2020年 『破局』 で第163回芥川賞を受賞。その他の著書に 『教育』がある。
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