『鍵のない夢を見る』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『鍵のない夢を見る』辻村 深月 文春文庫 2015年7月10日第一刷


鍵のない夢を見る (文春文庫)

 

誰もが顔見知りの小さな町で盗みを繰り返す友達のお母さん、結婚をせっつく田舎体質にうんざりしている女の周囲で続くボヤ、出会い系サイトで知り合ったDV男との逃避行--日常に倦んだ心にふと魔が差した瞬間に生まれる「犯罪」。
現代の地方の閉塞感を背景に、ささやかな欲望が引き寄せる奈落を鮮やかにとらえる短編集。ひとすじの光を求めてもがく様を、時に突き放し、時にそっと寄り添い描き出す著者の筆が光る傑作。(文芸春秋BOOKSより)

作品は「仁志野町の泥棒」「石蕗(つわぶき)南地区の放火」「美弥谷団地の逃亡者」「芹葉大学の夢と殺人」「君本家の誘拐」の5編です。いずれも平凡な人々が起こすありふれた事件と、それに翻弄される5人の女性が描かれています。

各編のラストシーンが際立っており、上質なミステリーを読んでいるようでもあります。4作目の「芹葉大学の夢と殺人」に限っては日常的で平凡とは言えない内容ですが、その分底知れない狂気含みで、この作品を推す読者も多いようです。

きっかけは、それこそどこにでもあるような、決してテレビや新聞に取り上げられることのない小さな事件です。それが気付かぬうちに、あるいは半ば承知しつつも、いつしか取り返しのつかない事態を招いてしまう。そんな〈転落〉の様子が描かれています。

「仁志野町の泥棒」は、決してお金に困っているわけではない、人付き合いも愛想もいい主婦が、近所の家々で繰り返し盗みを働いて周囲を困惑させるという話。「石蕗南地区の放火」では、役場の職員であり地元の消防団員でもある男が、あろうことか放火に手を染めていたことが分かります。

「美弥谷団地の逃亡者」- 浅沼美衣が出会い系サイトで男を探すようになったのは、偏に処女を卒業するのが目的でした。美衣はやがて陽次という男と知り合い、付き合い始めます。陽次が実はDV男だと分かるのですが、それでも彼女は付き合うことを止めません。

別れられない、彼女には彼女なりの理由があります。とは言え、陽次のDVはエスカレートするばかりです。遂に警察へ駆け込むことになるのですが、時はすでに遅く、このあとさらなる悲劇が美衣を襲うことになります。

物語は掲載順に深刻度合を増して行くのですが、先にも書いたように、いずれも発端はごくありふれた身近で起こる出来事です。他人事ではなく、誰もが、いつ同じような場面に遭遇したとしても不思議ではありません。
・・・・・・・・・・
それにつけても、ややこしいのが女心です。男にちやほやされたい、昔の男にもう一度会いたい、辛い育児から解放されたい - 彼女たちが願うのは、そんなささやかな希望です。

それが、いつしか、「そうあるべきだ」という確信に変わってしまう。その瞬間が怖ろしいのです。

彼女たちに共通するのは、「こんなはずではなかった」という強烈な思いです。自分はこんなところで、こんなことをしているような人間ではない。もっと輝いて、もっと特別な何者かであるべき存在なんだ-そう信じて疑おうとはしません。

自分の行為や考えをもののみごとに正当化して、省みることがない彼女たち。現実を前にした彼女たちの、微妙ではあるけれど決して擦り合わない〈ズレ〉のようなもの、その心の歪みを、辻村深月は書こうとしたのだと思います。

※ この小説は、第147回の直木賞受賞作品です。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


鍵のない夢を見る (文春文庫)

◆辻村 深月
1980年山梨県笛吹市生まれ。
千葉大学教育学部卒業。

作品 「冷たい校舎の時は止まる」「凍りのくじら」「ぼくのメジャースプーン」「名前探しの放課後」「ツナグ」「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」他多数

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『教場』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『教場』長岡 弘樹 小学館 2013年6月24日初版 教場 この人の名前が広く知られるようになっ

記事を読む

『夜に啼く鳥は』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『夜に啼く鳥は』千早 茜 角川文庫 2019年5月25日初版 夜に啼く鳥は (角川文庫)

記事を読む

『銀河鉄道の父』(門井慶喜)_書評という名の読書感想文

『銀河鉄道の父』門井 慶喜 講談社 2017年9月12日第一刷 銀河鉄道の父 第158回直木賞

記事を読む

『完璧な母親』(まさきとしか)_今どうしても読んで欲しい作家NO.1

『完璧な母親』まさき としか 幻冬舎文庫 2019年3月30日10刷 完璧な母親 (幻冬舎文

記事を読む

『結婚』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『結婚』井上 荒野 角川文庫 2016年1月25日初版 結婚 (角川文庫)  

記事を読む

『エヴリシング・フロウズ』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『エヴリシング・フロウズ』津村 記久子 文春文庫 2017年5月10日第一刷 エヴリシング・フ

記事を読む

『カラスの親指』(道尾秀介)_by rule of CROW’s thumb

『カラスの親指』道尾 秀介 講談社文庫 2019年9月27日第28刷 カラスの親指 by r

記事を読む

『蹴りたい背中』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『蹴りたい背中』綿矢 りさ 河出文庫 2007年4月20日初版 蹴りたい背中 (河出文庫)

記事を読む

『雪の鉄樹』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『雪の鉄樹』遠田 潤子 光文社文庫 2016年4月20日初版 雪の鉄樹 (光文社文庫) 母は

記事を読む

『家系図カッター』(増田セバスチャン)_書評という名の読書感想文

『家系図カッター』増田 セバスチャン 角川文庫 2016年4月25日初版 家系図カッター (角

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『希望病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『希望病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2020年11月11日初版

『JR上野駅公園口』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『JR上野駅公園口』柳 美里 河出文庫 2017年2月20日初版

『裏アカ』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『裏アカ』大石 圭 徳間文庫 2020年5月15日初刷 裏アカ

『鵜頭川村事件』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『鵜頭川村事件』櫛木 理宇 文春文庫 2020年11月10日第1刷

『眠れない夜は体を脱いで』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『眠れない夜は体を脱いで』彩瀬 まる 中公文庫 2020年10月25

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑