『さいはての彼女』(原田マハ)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/13
『さいはての彼女』(原田マハ), 作家別(は行), 原田マハ, 書評(さ行)
『さいはての彼女』原田 マハ 角川文庫 2013年1月25日初版
25歳で起業した敏腕若手女性社長の鈴木涼香。猛烈に頑張ったおかげで会社は順調に成長したものの結婚とは縁遠く、絶大な信頼を寄せていた秘書の高見沢さえも会社を去るという。失意のまま出かけた一人旅のチケットは行き違いで、沖縄で優雅なヴァカンスと決め込んだつもりが、なぜか女満別!? だが、予想外の出逢いが、こわばった涼香の心をほぐしていく。人は何度でも立ち上がれる。再生をテーマにした、珠玉の短編集。(「BOOK」データベースより)
表題作「さいはての彼女」は、こんな〈感じ〉の話です。
バリバリのキャリアウーマンがいて、日頃の彼女はまさに仕事一辺倒。自信に満ちあふれ、自信がある分だけ同僚や部下の言い分には耳を傾けることもなく、一切の妥協を許さず、糾弾すべきは糾弾し、容赦というものがありません。
そんな彼女がある日、何らかの理由でもって、日々のビジネスシーンから離れてまったく違った場面に行き合い、仕事ではまず出会うことがないような、しかしえらくその生き方が輝いて見える人物に出会ったりします。
すると、これまで自分が信じ、築き上げてきたキャリアというものに対してふと疑念が生まれ、失くしたものの多さに初めて気が付くのと同時に、それが全部自分の傲慢さ故のことだったことにも気付かされ、反省し、そして彼女はこんな風に思います。
そうだ! 今こそ私は、新しく生まれ変わるのだ!!
・・・・・・・・・・
小説に即して言いますと - まさにゴリゴリのキャリアウーマン・鈴木涼香が、ハーレーダビッドソンという超弩級のバイクに跨り、見知らぬ北の大地を疾走するナギ(凪)という名前の女の子とめぐり合うことで新たな自分を発見する - という話になります。
涼香は、ややコミカルな造形。対するナギは、ストイックでかなりカッコいい女の子です。2人の出逢いをよりドラマチックなものにする仕掛けとして用意されているのが、北海道という舞台です。〈内地〉の人間なら誰もが一度は行ってみたいと願う、憧れの地です。
札幌だとか小樽であるとか、はたまた函館などという聞き慣れた観光地ではなく、道東というところが良いではありませんか。「女満別」って、読めます? 知床や網走、国後に羅臼ですよ。自慢じゃないけど、私、何度か行ったことありますから。
いい時節の、雲ひとつないような日にバイクなんかで走ってみてご覧なさい。涼香でなくても爽快まるかじり、しばし浮世のことなど忘れてしまいます。いや、もっと深い気持ちになるかも知れません-人生とは何か。自分は一体何を成してきたと言うのか - 本気でそんなことを考えそうになるくらい雄大な景色なのです。
さらにもうひとつの仕掛けは、ナギが重度の難聴であるということです。彼女の耳は、ほとんど何も聞こえません。人と会話する方法は、手話と読唇(どくしん)。彼女は空気の気配を読み、風を感じながら、完全な無音の世界を走り抜けます。
・・・・・・・・・・
想像していたよりはやや軽めの文章で、話の筋立ては、よくあると言えばよくあるパターン。最後の落としどころで泣けるかどうか、つまり「作り話」ではなく、いかに「ホンモノ」らしく仕上がっているかどうかがポイントだと思います。
失礼ながら、星5つの採点なら、3つか3つ半というところでしょうか。自信はありません。この短編集は「もうそんなに若いとは言えない女性」が主人公になっています。もしその主人公たちに近しい女性が読んだとすれば、評価はもっと違ったものになるのかも知れません。
※ 文中で、北海道に憧れる人を〈内地〉の人間と書きましたが、お分かりになっているとは思いますが、〈内地〉とは北海道の人が本土側を指して言うときに使う言葉です。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆原田 マハ
1962年東京都小平市生まれ。
関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史学専修卒業。
小説家の他に、キュレーター、カルチャーライターでもある。
作品 「カフーを待ちわびて」「楽園のカンヴァス」「ジヴェルニーの食卓」「あなたは、誰かの大切な人」「異邦人」他多数
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