『格闘する者に◯(まる)』三浦しをん_書評という名の読書感想文

『格闘する者に◯(まる)』 三浦 しをん 新潮文庫 2005年3月1日発行

この人の本が店頭に並んでいると、素通りできずについ手に取ってしまいます。私はこの人の本から漂う 「雰囲気」 に間違いなく惹かれています。

『格闘する者に◯(まる)』 は三浦しをんのテビュー作で、二十代の半ばに書いた若さと才気に溢れた作品です。

この小説は、女子大生の藤崎可南子が就職活動に奮闘する物語です。

三浦しをんの才能を見抜き作家になることを強く勧めた人物がいるのですが、「自分の就職活動」の話なら書けるだろうという彼の提案がもとでこの小説は誕生しました。

ですから、可南子が作者の分身だということは容易に想像できますし、後に優れた作家になる前の若かりし三浦しをんの生態が垣間見える小説だと思います。

「藤崎家」の家庭事情はかなり複雑です。

家族は、婿養子の父親に後妻の義母、先妻の娘である可南子、義母の息子=母親違いの弟で高校生の旅人で構成されています。

父親は義父の後継として政治家になり、そのまた後継を可南子か弟の旅人に期待しています。が、二人は政治家になるつもりなど毛頭なく裏工作にも動じません。

可南子は漫画が大好きで漫画雑誌の編集者を目指して就職活動を開始しますが、世間は甘くなく内定ゼロ状態が続きます。

「K談社」、「集A社」の面接場面は笑えます。ついでに妙なタイトルの由来も判明しますよ。

友人の砂子と二木君も就活に熱心とは言えず、どちらかと言えばかなり呑気で、彼等が出会ってダベる内容はどうでもいい分面白く、真面目な分若者らしくて切実です。

可南子には交際相手がいるのですが、これが何と推定年齢65〜70歳の書道家の西園寺老人。脚がとても綺麗だと褒められたことがきっかけで、今では相思相愛の仲です。

「西園寺さんはたいそう私の脚を気に入っていて、舐めたり氷で冷やしてから抱き締めたり、綺麗にペディキュアを塗ってくれてからしゃぶったりする」のですが、可南子が言うと厭らしくも何ともない。背筋がまっすぐ伸びた行儀のよい文章で読むと、西園寺老人がただのエロ爺ではないことにすぐに気が付くからでしょう。

小説の冒頭に、熱帯雨林の中に立つ塔の上から地上を見渡す王女の話が出てきます。

塔の前の広場には象を連れた男が一列に並んでいます。今日は王女のお見合いの日で、多くの象の中から一頭を選び、その選ばれた象の持ち主が王女の婿として迎えられるのです。。。

この短い物語がなぜ書かれたのかしばらく分からないままですが、読み終わるころには作家が示唆したことの輪郭がはっきりとみえてくるはずです。

・・・・・・・・・・・

彼女はこの作品について、書いてはみたものの自分が書きたいものは別にあるといった自分なりの評価を下しているようです。

そんなコメントを裏付けるように、小説はやがてユーモラスな語り口が影を潜めシリアスな作風へと変化していきます。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆三浦 しをん

1976年東京都生まれ。

早稲田大学第一文学部演劇専修。「しをん」という名前は、両親が家の庭の紫苑の花から名付けた。母親が石川淳の『紫苑物語』が好きという意味もある。

作品 「まほろ駅前多田便利軒」「神去なあなあ日常」「月魚」「秘密の花園」「私が語りはじめた彼は」「風が吹いている」「きみはポラリス」「光」「舟を編む」他多数

◇ブログランキング

応援クリックしていただけると励みになります。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『本を読んだら散歩に行こう』(村井理子)_書評という名の読書感想文

『本を読んだら散歩に行こう』村井 理子 集英社 2022年12月11日第3刷発行

記事を読む

『近畿地方のある場所について』 (背筋)_書評という名の読書感想文

『近畿地方のある場所について』 背筋 KADOKAWA 2023年8月30日 初版発行

記事を読む

『腐葉土』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『腐葉土』望月 諒子 集英社文庫 2022年7月12日第6刷 『蟻の棲み家』(新潮

記事を読む

『ある女の証明』(まさきとしか)_まさきとしかのこれが読みたかった!

『ある女の証明』まさき としか 幻冬舎文庫 2019年10月10日初版 主婦の小浜

記事を読む

『きみの町で』(重松清)_書評という名の読書感想文

『きみの町で』重松 清 新潮文庫 2019年7月1日発行 あの町と、この町、あの時

記事を読む

『命売ります』(三島由紀夫)_書評という名の読書感想文

『命売ります』三島 由紀夫 ちくま文庫 1998年2月24日第一刷 先日書店へ行って何気に文

記事を読む

『絶唱』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『絶唱』湊 かなえ 新潮文庫 2019年7月1日発行 悲しみしかないと、思っていた。

記事を読む

『貴婦人Aの蘇生』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『貴婦人Aの蘇生』小川 洋子 朝日文庫 2005年12月30日第一刷 北極グマの剥製に顔をつっこん

記事を読む

『検事の本懐』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『検事の本懐』柚月 裕子 角川文庫 2018年9月5日3刷 ガレージや車が燃やされ

記事を読む

『カソウスキの行方』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『カソウスキの行方』津村 記久子 講談社文庫 2012年1月17日第一刷 不倫バカップルのせい

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑