『スクラップ・アンド・ビルド』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『スクラップ・アンド・ビルド』羽田 圭介 文芸春秋 2015年8月10日初版

今回の芥川賞の選考は、どえらい騒ぎになりました。メディアはこぞってピース又吉を追いかけて、候補作品のみならず、彼が好んで読んでいる小説、彼が良いと言えばなじみの薄い昔の作家の本までが注目され、また実際に売れているらしい。

それは決して悪いことではないと思うのですが、日頃は小説などには見向きもしないような人までもが大挙して書店に詰めかけて、われ先にと買い漁る様子は必ずしも気持ちの良いものではありません。一過性だと分かっている分、何だか痛々しくもあるのです。

だからと言う訳でもないのですが、今回の2つの受賞作についてはなかなか読もうという気持ちになれずにいました。

『火花』については、あらゆるメディアで紹介されていましたので半分読んだ気になり、あとの半分は「たぶん自分は全部読み切れずに、途中で止めてしまうだろうな」という変な予感があって、まだ読もうという気になれずにいます。
・・・・・・・・・・
『スクラップ・アンド・ビルド』については、これはこれで別の理由があって、できれば読まずにおきたかったのですが、ただタイトルには惹かれるものがあったので、我慢できずに文芸春秋を買いました。

芥川賞にしては読みやすい小説で、可笑しみと話のストレートさから言うと「直木賞」でもいいんじゃないかと思うくらいの内容です。ただ、その「軽み」が評価の分かれるところでもあり、私が「読まずにおきたかった」理由でもあるのですが。

身内の介護というのは、これはもう誰にとっても深刻で、抜き差しならない問題です。私も経験者の一人ですが、いつ終わるやも知れない、出口の見えない毎日は本当に疲れます。

一日一日を切り取ってみると、それはそれで何でもなくもあるのですが、世話をしなければならない人間が常に間近にいるという現実、しかもそれが最も近しい近親者であるということが無言のプレッシャーとなり、澱のような徒労感を溜めることになります。

私の場合は父親で、自宅での介護のあと病院で寝たきりのまま2年4ヶ月の間生き長らえた末、77歳で亡くなりました。最後の1年程は眠ったままの状態、そのまま二度と目を覚ますことも口をきくこともありませんでした。

この小説はそこまで間際の話ではないのですが、孫の健斗のややトンチンカンなというか、彼にしか思いつかない、分かったような分からぬような「介護理論」でもって可笑しみを持たせ、鬱々とした気配をずいぶん風通しの良いものにしています。

その着想や構成が高い評価を受けていることは、素直に認めなければなりません。但し、申し訳ないのですが、私の生理には合わないのです。

もう一つの受賞作『スクラップ・アンド・ビルド』には、共感を覚えなかった。だが、作者の技量は高く、他の何人もの選考委員が魅了されたのも理解できる。描かれた世界が、わたしの個人的な好みと合わなかっただけだ。(村上龍の選評より)

ということ。好きではないものを、好きだとは言えません。よくよく考えるに、もしかすると、このことは多分に私の個人的な感情、羽田圭介という人物をあまり好ましく思っていないことが原因なのかも知れません。こうなると偏見以外の何物でもない訳ですが、嫌いなものはしょうがないのです。

単行本ではなく文芸春秋を買ったのが、さらに悪かった。選評と本作の間に挟まれて「受賞者インタビュー」というのがあるのですが、そのタイトルが「綿矢りささんに先を越されたと思った」とあるのです。

著者の羽田圭介は、17歳で書いた『黒冷水』が文藝賞を受賞したことで作家としてデビューしています。一方、綿矢りさが『インストール』という小説で文藝賞を受賞したのも17歳のときで、綿矢りさの方が羽田圭介より1歳年上です。

ですから、彼が高校1年生のときにひとつ年上の彼女が文藝賞を受賞して、さらに単行本が出版されることを知った羽田圭介は、〈なぜか、「先を越された、やられた! 」〉と焦るのです。自分と同じくらいの年齢でデビューする人がいるのを知って、こうしてはいられないと思ったという訳です。

気持ちは分かる。気持ちは分かるのです。高い志を持った者同士ですから互いに意識もするでしょうし、ましてや17歳の高校生です、剥いた気持ちはその通りだったろうとも思います。ただ、この期に及んで、それをそのまま言ってしまうのか・・・

その神経が分からないのです。言うにしても、もう少し違った言い方があるでしょう、と思う訳です。もし同じような経験がピース又吉にあったとしても、彼なら、死んでもあんな言い方はしません。というか、又吉にとっては「先を越された」などという言葉は、言おうとしても、おそらく恥ずかしすぎて言えたものではないのです。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆羽田 圭介
1985年東京都生まれ。
明治大学商学部卒業。

作品 「黒冷水」「不思議の国のペニス」「ミート・ザ・ビート」「メタモルフォシス」他

関連記事

『さよなら、ニルヴァーナ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『さよなら、ニルヴァーナ』窪 美澄 文春文庫 2018年5月10日第一刷 14歳の時に女児を殺害し

記事を読む

『最後の記憶 〈新装版〉』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『最後の記憶 〈新装版〉』望月 諒子 徳間文庫 2023年2月15日初刷 本当に怖

記事を読む

『ミート・ザ・ビート』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『ミート・ザ・ビート』羽田 圭介 文春文庫 2015年9月10日第一刷 東京から電車で約1時間

記事を読む

『祝祭のハングマン/私刑執行人』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『祝祭のハングマン/私刑執行人』中山 七里 文春文庫 2025年5月10日 第1刷 嗤う犯人

記事を読む

『妖の掟』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『妖の掟』誉田 哲也 文春文庫 2022年12月10日第1刷 ヤクザ×警察×吸血鬼

記事を読む

『その街の今は』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『その街の今は』柴崎 友香 新潮社 2006年9月30日発行 ここが昔どんなんやったか、知りたいね

記事を読む

『その話は今日はやめておきましょう』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『その話は今日はやめておきましょう』井上 荒野 毎日新聞出版 2018年5月25日発行 定年後の誤

記事を読む

『優しくって少しばか』(原田宗典)_書評という名の読書感想文

『優しくって少しばか』原田 宗典 1986年9月10日第一刷 つい最近のことです。「文章が上手い

記事を読む

『セイジ』(辻内智貴)_書評という名の読書感想文

『セイジ』 辻内 智貴 筑摩書房 2002年2月20日初版 『セイジ』 が刊行されたとき、辻内智

記事を読む

『爪と目』(藤野可織)_書評という名の読書感想文

『爪と目』藤野 可織 新潮文庫 2016年1月1日発行 はじめてあなたと関係を持った日、帰り際

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『今日のハチミツ、あしたの私』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『今日のハチミツ、あしたの私』寺地 はるな ハルキ文庫 2024年7

『アイドルだった君へ』(小林早代子)_書評という名の読書感想文

『アイドルだった君へ』小林 早代子 新潮文庫 2025年3月1日 発

『現代生活独習ノート』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『現代生活独習ノート』津村 記久子 講談社文庫 2025年5月15日

『受け手のいない祈り』(朝比奈秋)_書評という名の読書感想文

『受け手のいない祈り』朝比奈 秋 新潮社 2025年3月25日 発行

『蛇行する月 』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『蛇行する月 』桜木 紫乃 双葉文庫 2025年1月27日 第7刷発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑