『月と蟹』(道尾秀介)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『月と蟹』(道尾秀介), 作家別(ま行), 書評(た行), 道尾秀介

『月と蟹』道尾 秀介 文春文庫 2013年7月10日第一刷

海辺の町、小学生の慎一と春也はヤドカリを神様に見立てた願い事遊びを考え出す。無邪気な儀式ごっこはいつしか切実な祈りに変わり、母のない少女・鳴海を加えた三人の関係も揺らいでゆく。「大人になるのって、ほんと難しいよね」- 誰もが通る〈子供時代の終わり〉が鮮やかに胸に甦る長編。直木賞受賞作。(文春文庫解説より)

もっぱらサスペンスホラーを書いている人で、直木賞などとは縁のない人だと勝手に思い込んでいました。大変失礼なことですが、この前書店へ行ったときに何気に目に付いて、ページを開いて初めて受賞作だということを知りました。

「道尾秀介」という名前は確かに知ってはいたものの、ほとんど読んだ覚えがありません - てな調子で書き始めようとしたのですが、よくよく書棚を見てみると、『鬼の跫音』『骸の爪』といった本と一緒に、なんとなんと『月と蟹』があるではないですか!!

全部が立派な単行本で、買ったばかりのようにきれいに並んでいます。ただ一冊、かすかに読んだ覚えのあった『龍神の雨』だけがどこを探しても見つかりません。いずれにしても、情けない。何と頼りのない記憶であることでしょう。

それらの本を何時、いかなるタイミングで買ったのか。面白かったのか、否か。(これは自ずと答えが出ているわけですが)何もかもを忘れてしまっています。歳を取ると、そしてある程度手持ちの本が増えると、こんなことがあるのです。
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手元にある『月と蟹』の単行本は、2011年1月に発行された第2刷のものです。初版が前年の9月ですから、結構早い時期に買っているわけです。但し、第一章の途中に栞が挟んであるので、おそらく当時の私は50ページも読んでいないことになります。

今回改めて読んでみると、さすがに賞をとっているだけのことはあって、スルスルと最後まで読み切ることができました。ただ、何かを凌駕するようなものがあったかと言えば、残念ながらそれには及ばず、敢えて言うなら「可もなく不可もなし」といったところです。

そして、どうしても私の場合、最初に読もうとしたときのことを思わずにいられません。なぜ、読みたくなくなったのか。どこが良くないと感じたのか。何が不足で、早々に読むのを止めてしまったのか。それを考えなければなりません。

とりあえず直木賞の選評を読んでみることにしました。小難しい意見は別にして、自分の気持ちに近いものがないかどうかに絞って読んでみると、こんなことが書かれています。

「(前略)しかし、三人の少年少女の「枠内」を描こうとするあまり、フレーム外の世界が乱暴に省かれたり、都合よく描かれているところが気になる。」(桐野夏生)

「描写のこまやかさが精彩をもたない。さらに子供たちが独自に作る世界も、ほんとうの独自性をもっておらず、おどろきがない。」(宮城谷昌光)

「ここ数作が同工異曲に思えて、辛い評価を与えた。登場人物の性格が道徳的教条的で毒がない。もしや伝統的な、少年時代を描く抒情小説を狙ったのかと思ったが、それにしては主人公の孤独感に迫るものがない。」(浅田次郎)

他にも色々と辛口な評価はあるのですが、最終的には大方の選考委員が受賞に賛成しています。道尾秀介の潜在的な才能を認め、実績を評価して、その将来性に期待しているのです。ですから、(当然ですが)これはまったくの素人の感想として聞いてください。

たぶん、選評を読んでみて気が付いたのですが、浅田次郎氏の意見が最も私の感覚に近いものに思えます。特に、登場人物に「毒がない」というところ。「毒」がなくて優しい読み物なのですが、「毒」がない分刺激もなくて、少々緩くてダレてしまうのです。

だから、途中で放り出してしまったのでしょう。思うに、ごくごく普通に暮らしている「大人」にしてみれば、小説などというフィクションは歳を取るに従って縁遠くなっていくものです。現実の重みが増すにつれ、フィクションに興味が持てなくなるのは当然と言えば当然のことなのです。

それでも、小説を読むことを止めない年寄りがいます。はて、その年寄りは何を求めて読み続けるのか。なぜ、読むのを止めようとしないのでしょうか。

偏に、それは「刺激」を求めているからなのです。種類は色々あるでしょうが、「刺激」を得るには、何よりもまずリアルでなければなりません。小説という「作り話」であるからこそ、なお一層のリアルさを求め、期待もするわけです。そう考えると、『月と蟹』という小説は、私にとっては少々リアルさに欠ける「作り話」だということになります。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆道尾 秀介
1975年兵庫県芦屋市生まれ。
玉川大学農学部卒業。

作品 「手首から先」「背の眼」「向日葵の咲かない夏」「シャドウ」「ラットマン」「カラスの親指」「龍神の雨」「光媒の花」他多数

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