『ふくわらい』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『ふくわらい』西 加奈子 朝日文庫 2015年9月30日第一刷


ふくわらい (朝日文庫)

 

マルキ・ド・サドをもじって名づけられた、書籍編集者の鳴木戸定。彼女は幼い頃、紀行作家の父に連れられて行った旅先で、誰もが目を覆うような特異な体験をした。その時から、定は、世間と自分を隔てる壁を強く意識するようになる。日常を機械的に送る定だったが、ある日、心の奥底にしまい込んでいた、自分でも忘れていたはずの思いに気づいてしまう。その瞬間、彼女の心の壁は崩れ去り、熱い思いが止めどなく溢れ出すのだった-。(アマゾンの「商品紹介」より)

河合隼雄物語賞の第1回受賞作です。その名の通り「これぞ、物語!! 」という小説に授与される文学賞のようです。最初が肝心なので、賞に対する考え方を十分擦り合わせた上で検討しましたとは、選考委員の一人であり、文庫の解説を書いた上橋菜穂子氏の弁です。

ところがいざ選考の本番になってみると、いともあっさり受賞作に決定したのがこの小説で、上橋氏が言うには -「物語が命をもつ」ということが、どういうことなのかを、明確に見せてくれている作品 - ということになります。

西加奈子の小説は、それほどに「生きる力が漲っている」ということだと思います。何せ、他の人にはないパワーがあります。それでもって、物語をグイグイ前へ前へと推し進めて行く様子といったら、半端なブルドーザーなんかより余程の迫力があります。

受賞にケチをつけるつもりは毛頭ないのですが、にもかかわらず、一般読者のウケとなると、これがいまいちパッとしないのです。らしくないとか、何を書いてるのかが分からないであるとか、はては気持ちが悪いとか、ネガティブな感想が多く寄せられています。

同じくらいの賛辞もあるにはあるのですが、他を圧するような、いつもの勢いがありません。一体何が原因なのでしょう。専門家は文句なしに良いと認めた作品なのに、実際に本を買って読んだ側は、少々面食らって戸惑っているわけです。
・・・・・・・・・・
あまりにも突飛に過ぎる、ということはあると思います。ワニに襲われて亡くなった父親の遺体を焼いて(ここまでは別段どうということはないのです)、その焼け具合を計りながら、頃合いのよい時分で太腿辺りの肉を切り取って食べてしまうなどということが普通に語られています。

定には定なりの、もちろんそうするための理由があります。そのときの定には、死んでしまった父親の存在を自分の中に永遠に取り込むために、それはまごうことなき必然であり、特別に奇異なことでも、悍ましいことでもなかったのです。

定の父親・鳴木戸栄蔵が死んだのはアマゾン川流域で、定は現地で行われた葬儀に参列しています。焼く前に、メルクル(死者の目となり、死者を天国まで導くと言われる魚)に目玉を食べられたほうがいいというので、目玉だけはくり抜いて、先に川へ投げ入れます。

残った遺体は、定が頼んで、途中で肉を削げるようにしてもらいます。それが父・栄蔵の望むことなのかどうかは分からなかったのですが、目の前でワニに食い殺された父を見た娘がすることに、誰も文句は言えません。

栄蔵の肉は、やはり、ひどく臭います。皆がおののく中で、定はそれをゆっくりと咀嚼し、飲み込みます。定が以前食べた女性のそれより臭く、舌をびりびりと刺激します。噛むと歯を跳ね返し、なかなか噛み切れないので、定は、ほとんど噛まずに飲み込みます。

栄蔵の肉は定の食道の途中で止まり、しばらく定を苦しい思いにさせますが、やがて、ゆっくりと胃に落ちていきます。定の口腔からは、数日臭いが消えません。
・・・・・・・・・・
小説には、「守口廃尊」と名乗る、純粋でナイーブなプロレスラーや、美人であるが故に悩み多き後輩の「小暮しずく」、定に一目惚れした挙句に猛烈にスキンシップを求める、盲目の「武智次郎」といった人物が登場します。

いずれも極めて個性的なキャラクターで、西加奈子ならではの造形です。例えば、「守口廃尊」だけでも一つの小説ができるんじゃないかと思うくらい - 彼女なら、最初はガハハと笑わせて、あとでじんわり胸が詰まるような話を容易く作ってしまえそうに思います。

だって、廃尊はもうそこそこ歳を取った、ヒーローになれず仕舞いのプロレスラーなんです。本当は気が小さくて、でもキャラを守るために無理にでも悪党面をしているような人物です。何より哀しいことに、彼は自分が癌であることに気付いています。

とにもかくにも、彼らと交わるうちに、定がどう変化し、どう変化しないのかが読みどころです。それと「福わらい」。定は、なぜ「福わらい」が好きなのか。この二つについては、読んでみてからのお愉しみ、ということにしておきましょう。

 

この本を読んでみてください係数 80/100


ふくわらい (朝日文庫)

◆西 加奈子
1977年イラン、テヘラン生まれ。エジプト、大阪府堺市育ち。
関西大学法学部卒業。

作品 「あおい」「さくら」「うつくしい人」「窓の魚」「円卓」「漁港の肉子ちゃん」「きりこについて」「通天閣」「炎上する君」「白いしるし」「地下の鳩」「サラバ!」他

関連記事

『ビタミンF』(重松清)_書評という名の読書感想文

『ビタミンF』重松 清 新潮社 2000年8月20日発行 ビタミンF (新潮文庫) &n

記事を読む

『鼻に挟み撃ち』(いとうせいこう)_書評という名の読書感想文

『鼻に挟み撃ち』いとう せいこう 集英社文庫 2017年11月25日第一刷 鼻に挟み撃ち (集

記事を読む

『ヘヴン』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『ヘヴン』川上 未映子 講談社文庫 2012年5月15日第一刷 ヘヴン (講談社文庫)

記事を読む

『不愉快な本の続編』(絲山秋子)_書評という名の読書感想文

『不愉快な本の続編』絲山 秋子 新潮文庫 2015年6月1日発行 不愉快な本の続編 &n

記事を読む

『長いお別れ』(中島京子)_書評という名の読書感想文

『長いお別れ』中島 京子 文春文庫 2018年3月10日第一刷 長いお別れ (文春文庫)

記事を読む

『半落ち』(横山秀夫)_書評という名の読書感想文

『半落ち』横山 秀夫 講談社 2002年9月5日第一刷 半落ち (講談社文庫) &nbs

記事を読む

『最後の命』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『最後の命』中村 文則 講談社文庫 2010年7月15日第一刷 最後の命 (講談社文庫) 中村文

記事を読む

『火のないところに煙は』(芦沢央)_絶対に疑ってはいけない。

『火のないところに煙は』芦沢 央 新潮社 2019年1月25日8刷 火のないところに煙は

記事を読む

『北斗/ある殺人者の回心』(石田衣良)_書評という名の読書感想文

『北斗/ある殺人者の回心』石田 衣良 集英社 2012年10月30日第一刷 北斗 ある殺人者の

記事を読む

『八月の青い蝶』(周防柳)_書評という名の読書感想文

『八月の青い蝶』周防 柳 集英社文庫 2016年5月25日第一刷 八月の青い蝶 (集英社文庫)

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『スイート・マイホーム』(神津凛子)_書評という名の読書感想文

『スイート・マイホーム』神津 凛子 講談社文庫 2021年6月15日

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ)_書評という名の読書感想文

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ 新潮

『葦の浮船 新装版』(松本清張)_書評という名の読書感想文

『葦の浮船 新装版』松本 清張 角川文庫 2021年6月25日改版初

『くちぶえ番長』(重松清)_書評という名の読書感想文

『くちぶえ番長』重松 清 新潮文庫 2020年9月15日30刷

『祝福の子供』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文

『祝福の子供』まさき としか 幻冬舎文庫 2021年6月10日初版

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑