『ロコモーション』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『ロコモーション』朝倉 かすみ 光文社文庫 2012年1月20日第一刷


ロコモーション (光文社文庫)

 

小さなまちで、男の目を引くからだを持て余しつつ大人になった地味な性格のアカリ。静かな生活を送りたくて大きなまちに引っ越し、美容関係の仕事を見つけた。しかし、親友、奇妙な客、奇妙な彼氏との交流が彼女の心の殻を壊していく - 。読む者の心をからめとる、あやうくて繊細でどこか気になる一人の女性の物語。(「BOOK」データベースより)

女性生来の、いわく言い難い〈性なるもの〉への衝動であるとか、それを押し留めようとする罪悪感であるとか、あるいは既に犯した罪に対していかなる贖罪を成すべきかといった命題を前に、一人の女性が思い悩み、決して望んだ通りとは言えない人生を、それでも自ら選び取って生きて行こうとする物語です。

『ロコモーション』という、何だかフワフワするようなタイトルのイメージに騙されてはいけません。朝倉かすみが思う「ロコモーション」は、格別です。しかし、それを語る前のこととして、私にはどうしても言いたいことがあります。

それはこの小説の前提となっている、しかるに小説中ではなかなか明かされない、本来書かずにおくべきことなのですが、敢えてそれを書こうと思います。なぜなら、この小説に限ったことではないのですが、私はそのことに強い憤りを感じているからです。
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大人になったアカリ、つまりは飛沢郁夫という男と出会うまでのアカリは、「そういうこと」には一切無縁であるかのように振る舞っているのですが、実は、彼女はもう十分「男」を知っていたのです。

最初の相手は、山の上の教会からやってきたという外国人。これは本当に幼い頃の話。次が中学時代で、そのときの相手は学校の教頭です。13歳の少女と初老の教師が、公園の草むらや、神社の境内や、オフシーズンの海の家の陰などで「やりまくる」わけです。

いわゆる「レイプ」ではなく、この小説の場合、誘い込んだのは明らかにアカリの方で、彼女は小学校の高学年にしてはや女としての色香を漂わせ、13歳にもなるとピンナップガールさながらのからだつきになっていたのです。

からだの変化に時を同じくして、彼女の中に、内なる、言葉にならない疼きが芽生えます。自分でコントロールできない、「何か」に対する渇望と、それを願う己に対する背徳の意識。それら諸々の揺らぎを伝えんがために、物語では、アカリは幼い娼婦のごとくに描かれます。
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それが「レイプ」であるか、あるいは「自ら望んだ行為」であるかは、この際関係ありません。

私が憤りに思うのは、大人になった女性が何かに躓いて心を病んだり、閉じた心を解き放てぬまま戸惑い苦しむ先に、いつもいつも、まるでそれしかないと言わんばかりに「幼い頃の性体験」が語られる、ということです。

今を盛りに書店に並ぶ女性作家の小説に、どれだけこの〈パターン〉の話があるか、ということ。かなりいい調子で読み進めていたものが、あるとき、それまでのすべてを含んで「そこ」へ帰結してしまいます。

その安直さ、それを書けばすべての読者が納得するとでも思っているような類型の数々に、私はほんとうに辟易としているのです。本当に、そうなのですか? アカリのような女性が、
少なくとも一冊の本になって読まれるくらいに、普段にいるのでしょうか。

私が男だから、理解できないだけなのでしょうか。アカリのような女性も、ままいるにはいるのでしょう。しかし、それはものすごく特異な例なのではないのでしょうか・・・

彼女の来歴を語ることで、彼女以外の、「彼女ほどには特異でない」人のことまで語ろうとしている - たぶん、それが私には許せないのだろうと思います。万が一にもアカリのように、理由はともかくも「普通ではない性体験」をした女性がいたとしたら、そのほとんどは純粋に、その女性自身の問題として語られるべきものではないのでしょうか。
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『田村はまだか』は、面白い小説でした。次に読んだ『恋に焦がれて吉田の上京』がさらに面白かったのでこの本を買ってみたのですが、残念ながら、この小説には先の作品ほどのキレがありません。弾むでもなく、何だか少々まどろっこしくもあります。

おまけに、際立ってそそられるような人物が登場しません。アカリはもとより、父親の幸吉と母親の寿子、祖母のヨシ、アカリが就職したヘアサロンで友だちになったさくらちゃんに、ティナと呼ばれる上客の堀田千津子という女。

そして、アカリが偶然知り合い、そのあと一緒に暮らし始める、飛沢郁夫という男。いずれも悪くはないのですが、突き抜けたものがありません。そんなに大勢の登場人物はいらないし、できればいつもの調子で、さらりと、重い話を書いて欲しかったものです。

 

この本を読んでみてください係数 75/100


ロコモーション (光文社文庫)

◆朝倉 かすみ
1960年北海道小樽市生まれ。
北海道武蔵女子短期大学教養学科卒業。

作品 「田村はまだか」「そんなはずない」「深夜零時に鐘が鳴る」「感応連鎖」「肝、焼ける」「声出していこう」「夏目家順路」「恋に焦がれて吉田の上京」など

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