『ロコモーション』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『ロコモーション』(朝倉かすみ), 作家別(あ行), 書評(ら行), 朝倉かすみ

『ロコモーション』朝倉 かすみ 光文社文庫 2012年1月20日第一刷

小さなまちで、男の目を引くからだを持て余しつつ大人になった地味な性格のアカリ。静かな生活を送りたくて大きなまちに引っ越し、美容関係の仕事を見つけた。しかし、親友、奇妙な客、奇妙な彼氏との交流が彼女の心の殻を壊していく - 。読む者の心をからめとる、あやうくて繊細でどこか気になる一人の女性の物語。(「BOOK」データベースより)

女性生来の、いわく言い難い〈性なるもの〉への衝動であるとか、それを押し留めようとする罪悪感であるとか、あるいは既に犯した罪に対していかなる贖罪を成すべきかといった命題を前に、一人の女性が思い悩み、決して望んだ通りとは言えない人生を、それでも自ら選び取って生きて行こうとする物語です。

『ロコモーション』という、何だかフワフワするようなタイトルのイメージに騙されてはいけません。朝倉かすみが思う「ロコモーション」は、格別です。しかし、それを語る前のこととして、私にはどうしても言いたいことがあります。

それはこの小説の前提となっている、しかるに小説中ではなかなか明かされない、本来書かずにおくべきことなのですが、敢えてそれを書こうと思います。なぜなら、この小説に限ったことではないのですが、私はそのことに強い憤りを感じているからです。
・・・・・・・・・・
大人になったアカリ、つまりは飛沢郁夫という男と出会うまでのアカリは、「そういうこと」には一切無縁であるかのように振る舞っているのですが、実は、彼女はもう十分「男」を知っていたのです。

最初の相手は、山の上の教会からやってきたという外国人。これは本当に幼い頃の話。次が中学時代で、そのときの相手は学校の教頭です。13歳の少女と初老の教師が、公園の草むらや、神社の境内や、オフシーズンの海の家の陰などで「やりまくる」わけです。

いわゆる「レイプ」ではなく、この小説の場合、誘い込んだのは明らかにアカリの方で、彼女は小学校の高学年にしてはや女としての色香を漂わせ、13歳にもなるとピンナップガールさながらのからだつきになっていたのです。

からだの変化に時を同じくして、彼女の中に、内なる、言葉にならない疼きが芽生えます。自分でコントロールできない、「何か」に対する渇望と、それを願う己に対する背徳の意識。それら諸々の揺らぎを伝えんがために、物語では、アカリは幼い娼婦のごとくに描かれます。
・・・・・・・・・・
それが「レイプ」であるか、あるいは「自ら望んだ行為」であるかは、この際関係ありません。

私が憤りに思うのは、大人になった女性が何かに躓いて心を病んだり、閉じた心を解き放てぬまま戸惑い苦しむ先に、いつもいつも、まるでそれしかないと言わんばかりに「幼い頃の性体験」が語られる、ということです。

今を盛りに書店に並ぶ女性作家の小説に、どれだけこの〈パターン〉の話があるか、ということ。かなりいい調子で読み進めていたものが、あるとき、それまでのすべてを含んで「そこ」へ帰結してしまいます。

その安直さ、それを書けばすべての読者が納得するとでも思っているような類型の数々に、私はほんとうに辟易としているのです。本当に、そうなのですか? アカリのような女性が、
少なくとも一冊の本になって読まれるくらいに、普段にいるのでしょうか。

私が男だから、理解できないだけなのでしょうか。アカリのような女性も、ままいるにはいるのでしょう。しかし、それはものすごく特異な例なのではないのでしょうか・・・

彼女の来歴を語ることで、彼女以外の、「彼女ほどには特異でない」人のことまで語ろうとしている - たぶん、それが私には許せないのだろうと思います。万が一にもアカリのように、理由はともかくも「普通ではない性体験」をした女性がいたとしたら、そのほとんどは純粋に、その女性自身の問題として語られるべきものではないのでしょうか。
・・・・・・・・・・
『田村はまだか』は、面白い小説でした。次に読んだ『恋に焦がれて吉田の上京』がさらに面白かったのでこの本を買ってみたのですが、残念ながら、この小説には先の作品ほどのキレがありません。弾むでもなく、何だか少々まどろっこしくもあります。

おまけに、際立ってそそられるような人物が登場しません。アカリはもとより、父親の幸吉と母親の寿子、祖母のヨシ、アカリが就職したヘアサロンで友だちになったさくらちゃんに、ティナと呼ばれる上客の堀田千津子という女。

そして、アカリが偶然知り合い、そのあと一緒に暮らし始める、飛沢郁夫という男。いずれも悪くはないのですが、突き抜けたものがありません。そんなに大勢の登場人物はいらないし、できればいつもの調子で、さらりと、重い話を書いて欲しかったものです。

この本を読んでみてください係数 75/100


◆朝倉 かすみ
1960年北海道小樽市生まれ。
北海道武蔵女子短期大学教養学科卒業。

作品 「田村はまだか」「そんなはずない」「深夜零時に鐘が鳴る」「感応連鎖」「肝、焼ける」「声出していこう」「夏目家順路」「恋に焦がれて吉田の上京」など

関連記事

『悪い恋人』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『悪い恋人』井上 荒野 朝日文庫 2018年7月30日第一刷 恋人に 「わたしをさがさないで」

記事を読む

『汚れた手をそこで拭かない』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『汚れた手をそこで拭かない』芦沢 央 文春文庫 2023年11月10日 第1刷 話題沸騰の

記事を読む

『晩夏 少年短篇集』(井上靖)_書評という名の読書感想文

『晩夏 少年短篇集』井上 靖 中公文庫 2020年12月25日初版 たわいない遊び

記事を読む

『くちなし』(彩瀬まる)_愛なんて言葉がなければよかったのに。

『くちなし』彩瀬 まる 文春文庫 2020年4月10日第1刷 別れた男の片腕と暮ら

記事を読む

『噂』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『噂』荻原 浩 新潮文庫 2018年7月10日31刷 「レインマンが出没して、女の子の足首を切っち

記事を読む

『ナキメサマ』(阿泉来堂)_書評という名の読書感想文

『ナキメサマ』阿泉 来堂 角川ホラー文庫 2020年12月25日初版 最後まで読ん

記事を読む

『夜明けの音が聞こえる』(大泉芽衣子)_書評という名の読書感想文

『夜明けの音が聞こえる』大泉 芽衣子 集英社 2002年1月10日第一刷 何気なく書棚を眺め

記事を読む

『愛すること、理解すること、愛されること』(李龍徳)_書評という名の読書感想文

『愛すること、理解すること、愛されること』李 龍徳 河出書房新社 2018年8月30日初版 謎の死

記事を読む

『やがて海へと届く』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『やがて海へと届く』彩瀬 まる 講談社文庫 2019年2月15日第一刷 一人旅の途

記事を読む

『生きる』(乙川優三郎)_書評という名の読書感想文

『生きる』乙川 優三郎 文春文庫 2005年1月10日第一刷 亡き藩主への忠誠を示す「追腹」を禁じ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『現代生活独習ノート』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『現代生活独習ノート』津村 記久子 講談社文庫 2025年5月15日

『受け手のいない祈り』(朝比奈秋)_書評という名の読書感想文

『受け手のいない祈り』朝比奈 秋 新潮社 2025年3月25日 発行

『蛇行する月 』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『蛇行する月 』桜木 紫乃 双葉文庫 2025年1月27日 第7刷発

『でっちあげ/福岡 「殺人教師」 事件の真相 』(福田ますみ)_書評という名の読書感想文

『でっちあげ/福岡 「殺人教師」 事件の真相 』福田 ますみ 新潮文

『祝祭のハングマン/私刑執行人』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『祝祭のハングマン/私刑執行人』中山 七里 文春文庫 2025年5月

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑