『俳優・亀岡拓次』(戌井昭人)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『俳優・亀岡拓次』(戌井昭人), 作家別(あ行), 戌井昭人, 書評(は行)

『俳優・亀岡拓次』戌井 昭人 文春文庫 2015年11月10日第一刷

亀岡拓次、37歳、独身。職業・俳優(主に脇役、ハリウッド作品の出演経験あり)。趣味:さびれた飲み屋で一人お酒を楽しむこと。現在の願望:恋をすること。長野、山形、東京、サンフランシスコ - 。職業俳優・亀岡は、今日も撮影に出かける。彼女もおらず、贅沢もせず、地味にひっそりと生活していたい。そんな気持ちとは裏腹に、思いもよらぬ奇怪な出来事が今日も亀岡を狙っている・・・。(amazon内容紹介からの抜粋)

来年(2016年)早々、この小説を原作にした映画が公開されます。主演は(知ってる人は知っている)あの安田顕で、タイトルは小説の題名通り『俳優 亀岡拓次』となっています。

では「安田顕」とは何者か、といいますと - またまた絶好調、池井戸潤原作のテレビドラマ『下町ロケット』に出ている人だと言えば察しがつくでしょうか。阿部寛演じる佃航平が率いる「佃製作所」で、技術開発部の部長、山崎光彦を演じている役者さんです。

ドラマは観ない、という方には - 多少マニアックではありますが、『水曜どうでしょう』というバラエティーで大泉洋とカラんでいる「ちょっとおかしなお兄さん」と紹介すればいいでしょうか。北海道の室蘭出身で、現在42歳。小説の中の亀岡とは5歳違いです。

いずれにしても、この小説の主人公・亀岡拓次がそのまま安田顕その人だと思っていただいて間違いないと思います。風貌であるとか、キャラクターがそっくりそのままなのです。

安田顕が「亀岡拓次」を演じていると知ったら、もう「亀岡拓次」は安田顕にしか思えなくなります。それほど2人はよく似ています。ですから、小説に登場する「亀岡拓次」が好きになったら、それは安田顕が好きになるということです。
・・・・・・・・・・
亀岡は、映画の撮影に応じて日本各地に出かけて行きます。日本だけではありません。外国の有名な映画監督に見込まれて、モロッコやサンフランシスコにまで行ったりもします。そんな時々のよもやま話が7編、飄々とした文章で綴られています。

中でも私が好きなのが、「吐瀉怪優」という一編。何となくタイトルから想像できると思いますが、これは亀岡が演技の途中でゲロを吐いてしまうという話です。

舞台は山形。庄内平野の鶴岡にある映画村での話です。夕方からの撮影に間に合うように、亀岡は午前中に東京を発ち山形へ向かいます。ところが、予定が延びてしまい、撮影は次の日の朝からに変更となってしまいます。

暇になった亀岡が飯でも食おうと外をうろついていると、偶然そこにいたのが役者仲間の宇野くんで、聞けば彼も映画に出演しているとのこと。宇野くんは30歳、亀岡と同じバイプレイヤー(脇役)をしています。

2人は店を探して、あてもなく街へくり出します。遅めの昼食を済ませた後、映画談議をしながらぶらぶら歩き、途中喫茶店に入り、風呂屋があったので風呂に入ろうということになります。風呂を出た後は、煙に誘われるようにして2人は焼き鳥屋に入ります。

この辺りから2人は段々と調子が上がって行きます。最初こそ明日は撮影で早いからと、チビチビ飲んでは焼き鳥をつまんでいたのですが、せっかく山形に来たんだからと亀岡が冷や酒を頼むと、宇野くんも同じように頼み、結局コップ四杯を飲んで店を出ます。

よせばいいのに、呼び込みに声をかけられて入った店にいたのが、「シン子さん」です。シン子さんは、幸の薄そうな年増のホステスです。言葉少なにお酒を注ぐばかりですが、カラオケがもの凄く上手で、聞けば「昔、歌手だったから」と若いホステスが言います。

亀岡と宇野くんはシン子さんの身の上を聞きたくて、色々質問を浴びせます。シン子さんは、どうして2人が自分に興味を持ってくるのかよくわからない様子ではあったのですが、それでも少しずつ歩んできた人生を語り始めます・・・

ゲロの話もいいのですが、私はこの亀岡と宇野くんとシン子さんのくだりが大層好きです。若いホステスを放り出して2人はシン子さんの話に聞き入り、彼女が唄う「恍惚のブルース」にしびれ、最後はベロベロに酔って店を出ます。

翌日の撮影本番、亀岡が思わずゲロを吐いてしまうのはこういう経緯があるのです(こんな経緯でしかないのです)が、それが迫真の演技だとえらく褒められてしまいます。監督は「もの凄いシーンが撮れた」と大喜びし、宇野くんでさえ「演技」と信じて疑いません。

しかし、亀岡が真に「吐瀉怪優」となるのは、実はこれからあとのことです。ゲロを吐いて撮影を終えた亀岡は、その日も宇野くんを誘って寿司屋へ行きます。最初は酒を飲まずにお茶ばかり飲んでいたのですが、一杯だけ飲みましょうかが二杯になり、店を出る頃にはすっかり調子が戻り、2人は、またシン子さんに会いに行こうと言い合うのです。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆戌井 昭人
1971年東京都調布市生まれ。
玉川大学文学部演劇専攻卒業。俳優、劇作家。

作品 「鮒のためいき」「まずいスープ」「ぴんぞろ」「ひっ」「すっぽん心中」「どろにやいと」「松竹梅」「ただいま おかえりなさい」など

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