『魚神(いおがみ)』(千早茜)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2026/02/21
『魚神(いおがみ)』(千早茜), 作家別(た行), 千早茜, 書評(あ行)
『魚神(いおがみ)』千早 茜 集英社文庫 2012年1月25日第一刷
第21回小説すばる新人賞 第37回泉鏡花文学賞受賞作品
かつて一大遊郭が栄えた、閉ざされた島。独自の文化が息づく島で、美貌の姉弟・白亜とスケキヨは互いのみを拠りどころに生きてきた。しかし年頃になったふたりは離れ離れに売られてしまう。月日が流れ、島随一の遊女となった白亜は、スケキヨの気配を感じながらも再会を果たせずにいた。強く惹きあうがゆえに拒絶を恐れて近づけない姉弟。互いを求めるふたりの運命が島の雷魚伝説と交錯し・・・・・・・。(集英社文庫)
物語はこんなふうに始まります。
主人公の白亜とスケキヨは、物心ついた時にはすでに島にいて、以来、一度も島を出たことがありません。二人は “かたちある感情“ をほとんど持ち合わせておらず、ただ互いの名を呼び合うことでのみ、自分自身の存在を見出しています。白亜はスケキヨという単語の中に、スケキヨは白亜という単語の中に、怒りや驚き、哀しみ、喜び、日々獲得していくありとあらゆる想いを込めて互いの名を呼び合います。
婆 (ばば) はそんな二人を仲の良い姉弟と、皮肉っぽく笑いながら言います。婆は捨てられていた二人を拾った人でした。しかし、二人には捨てられた記憶も拾われた記憶もありません。生まれた記憶もなく、姉弟であるかどうかも定かではありません。
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島にはこんな伝説がありました - 昔、この島には島が沈んでしまいそうなくらい大きくて豪華な一大遊郭があり、夜も昼もその華やかさは失われることがなく、人々は薄汚れた灰色の世界に浮かび上がる幻想的なその島を 「陽炎島」 と呼んだそうです。
陽炎島にはありとあらゆる煌びやかなもの、珍しいもの、いかがわしいものが集められています。そこに惹かれ集まった人々は滑稽で卑猥で残酷で乱雑な夢に酔い、むせかえる熱気と恍惚が島全体を包み、時間の流れまでをも変えてしまうような空気が漂っています。
その遊郭に誰もが息を呑むくらい凄艶な一人の遊女がおり、名を白亜といいます。その美しさに、人間はおろか島の裏側の洞窟に棲む雷魚までもが心を奪われます。雷魚は、この辺りの主でした。
ある晩、雷魚は水面に人間の十倍はありそうな大きな頭をぽっかりと出して白亜の名前を呼びます。遊女達は悲鳴をあげ、男達は武器を構えます。しかし、白亜だけがそれを制して恐れることなく欄干に出て行き、雷魚に向かい自分の名前を呼んだ理由を訊ねます。
すると雷魚は、「白亜よ。長らく私はお前を慕っていた。だが、我らは棲家も形も異なる生き物。故に、今日まで私はお前の前に現れようと思うことはなかった。だが、今宵、水の底から出てきたのにはわけがある」と。
島があまりに贅を凝らすのに、水の神が煙たがっているのだと言い、島の熱気で水の流れが乱れるがゆえに、島を沈め、島の全ての人間を葬るようにお告げがあったのだと。
災いの予兆のように、水の中からは雨虎が現れ、嘴の赤い美しい鳥・商羊が舞い飛びます。明日より一日も止むことなく瘴雨が降り注ぎ、人々は死に絶え、島は沈んでしまう - そうなる前に、雷魚は白亜に「私に喰われて欲しい」というのでした。
それは単に死ぬのではなく、奪った命は好きに形を変えることが許されているので、もしお前に好いた男がいないのならば、どんな朝の光よりも美しい鰭を持つ大きな魚に変えてやろうというのです。
白亜は、結局のところ雷魚の申し出を断ってしまいます。今はしがない遊女の身ではあるけれど、いつかはこの足で、妾だけの景色を見つけたいと言います。白亜の優しくも意志のこもった声に、しばらく考えた後、やがて雷魚は静かに水の中に消えてゆきます。
さて、伝説の美女と同じ名を持つ白亜は、大人になるにつれ、伝説上の白亜に勝るとも劣らないほどの美貌に育ちます。白亜がそうならスケキヨもまた然り、すべすべした陶器のような肌は生来のもので、男ならざる美しい顔立ちをしています。
しかし、白亜と同様に中身はまるで人形のように空っぽで、拾われたときの二人はおよそ生身の人間らしくありません。成長するにつれ、やっと互いが違う人間だと気づき、少しずつ言葉を交わすようになり、やっとのこと、感情というものを知ることになります。
※他に、スケキヨを助ける渡し守の蓼原。遊郭街とは別にある島の無法地帯・裏華町を牛耳る剃刀のような鋭い印象の男、蓮沼。白亜がいる楼閣の主、胆振野 (いぶりの) や白亜を慕う若い遊女の新笠などが登場します。
婆に売られ、陰間となって行方知れずになったスケキヨを、白亜は必死になって探します。見つけ出して救おうとするのですが、事はそう簡単には運びません。スケキヨにはスケキヨの心ならずもの決心があり、白亜は白亜で、何ごとかを覚悟しています。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆千早 茜
1979年北海道江別市生まれ。
立命館大学文学部人文総合インスティテュート卒業。
作品 「おとぎのかけら 新釈西洋童話集」「からまる」「森の家」「桜の首飾り」「あとかた」「眠りの庭」「男ともだち」など
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