『海よりもまだ深く』(是枝裕和/佐野晶)_書評という名の読書感想文
『海よりもまだ深く』是枝裕和/佐野晶 幻冬舎文庫 2016年4月30日初版
15年前に文学賞を取ったきりの自称作家の良多。今では「小説の取材」と言い訳をしながら、探偵事務所で働いている。現実を見ようとしない良多に愛想を尽かし、出て行った元妻。父親に似ることを恐れる真面目な11歳の息子。そして、46歳の良多を未だ「大器晩成」と優しく見守る母親。そんな元家族が、ある台風の夜を共に過ごすことになり・・・・。(幻冬舎文庫解説より)
映画のことは何も知らずに、(著者の是枝裕和が是枝監督だとも気付かずに)買って帰って改めて映画の「原作」だということに気付きました。(正確に言うと「原作」ではなく、後になって書き下ろされたものらしい)
読む前にサクっとネットで調べると、映画の記事ばかりが並んでいます。5月21日(土)から全国ロードショーが始まると書いてあります。5月21日? これって、今週の土曜日のことじゃないの!? - ちょっと驚いて、わけもなく見直したりします。
予告映像を二度三度繰り返し観てから、とりあえず小説を読みました。すると、先に観た予告通りのシーンが(小説中に)出てきます。あたり前と言えばあたり前のことながら、ああこういうことなのかと妙に納得しつつ読み進んで行くと、
前半はともかくも良多(阿部寛)のダメ男ぶりがこれでもかというくらいに描かれていて、笑えます。よせばいいのに、せめて別れて暮らす息子と約束したグローブ代くらい残せばいいのに、ギャンブルをやめられない良多は結局一文無しになります。
探偵事務所の後輩の町田(池松壮亮)にはあたり前のように借金を繰り返し、姉の千奈津(小林聡美)に泣きついては3,000円を借り、挙句の果てに母親の淑子(樹木希林)の目を盗み、死んだ父親の遺品を持ち出して質屋へ行き換金しようとまでします。
46歳になる良多は、長い間、大きな屈折を抱えて生きています。元妻の響子(真木よう子)には大いなる未練を残し、さらに大きくは作家としての自分に未練たらたらの状況なのですが、おおよそ現実には、すべては過ぎ去った事になりつつあります。
響子には現在再婚しようかという男性がいます。息子の真悟は、父である良多みたいにだけはなりたくないと思っています。それぞれが前に向かって歩み出そうとしている中で、良多だけが「過去になる勇気」を持てずに彷徨っています。
・・・・・・・・・・
帯文には「夢見た未来と、少しちがう今を生きる大人たちへ」とあり、「笑いあり涙ありの感動作」とあります。と、そう言えば・・・・
予告映像の中に、息子の良多(阿部寛)の背中につかまるようにして後ろを歩く年老いた淑子(樹木希林)の姿を映したシーンがあります。二人して後姿で、表情は分かりません。しかし、もしも私のように事前に小説を読んでいたとしたらどうでしょう。
その1カットで、おそらくは表情にも勝る、「なりたかった大人になれなかった人」の哀切が染み出る様子に、胸が詰まって思わず涙してしまうかも知れません。
主演の阿部寛と真木よう子は言うに及ばず、脇を固める、小林聡美も、リリー・フランキーも、池松壮亮も、子役の吉澤太陽も、きっと良い演技をしているのでしょう。しかし、それを言うなら、誰より特筆すべきは母親役の樹木希林であるように思います。
母親の淑子にとって良多はいくつになってもわが息子、46歳の、妻と子供には愛想を尽かされ、「大器晩成」の「大器」がただ図体がでかいだけになりつつある今にしても想いが変わるわけではありません。
一人賃貸の団地で暮らす淑子。別れたいから別れたわけではない響子。お金がないのを知っているので無理を言わない息子の真悟。どこかの早い時期に何かが変わっていたとしたら、もしかすると「賃貸」が「分譲」になり、皆が一緒に暮らせていたかも知れません。
十分わかっているのに、なぜ軌道修正できなかったのか。何をして良多は道を選び損ねてしまったのか・・・・。思えば、世の中にはそんな人が大勢いるのでしょうし、誰より私自身が、なりたかった大人になどなれてはいないのです。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆是枝 裕和
1962年東京都生まれ。
早稲田大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。初監督作品は「幻の光」。「誰も知らない」で第57回カンヌ国際映画祭最優秀男優賞、「歩いても 歩いても」で第51回ブルーリボン賞監督賞、「そして父になる」で第66回カンヌ国際映画祭コンペティション部門審査員賞、「海街 diary」で第39回日本アカデミー賞最優秀作品賞など多数の賞を受賞。
◆佐野 晶
東京都生まれ。大学卒業後、会社勤務を経て、フリーのライターとして映画関係の著作に携わる。著書に「モンスターズ・ユニバーシティ」「トイ・ストーリー3」「そして父になる」などがある。
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