『パトロネ』(藤野可織)_書評という名の読書感想文

『パトロネ』藤野 可織 集英社文庫 2013年10月25日第一刷


パトロネ

 

同じ大学に入学した妹と同居することになった「私」。妹を追うようにして写真部に入った私は、顔に皮膚炎をわずらいながらも写真の魅力に少しずつ引き込まれていく。そんな私を妹は意図的に無視し続ける。いびつな二人暮らしが続くなか、ある日妹は荷物と共に忽然と姿を消して・・・・。現実世界に突如現れる奇妙な出来事を丁寧な筆致で掬い取る。第149回芥川賞を受賞した著者の小説二作品を収録。(集英社文庫より)

最初、パトロネが何のことかが分かりません。調べてみると正しくは「パトローネ」- 円筒形のフィルム容器でカメラにそのまま装填できるようにしたもの - と聞けば、ああなるほど、あの見慣れた円柱ケースのことかとようやくにして判ります。

では、そのパトロネがどうしたのかと言いますと、これがなかなかに説明するのが難しい。小説を読み慣れた方なら察しが付くと思うのですが、つまりは、パトロネとは「何か」を言わんが為の「何ものか」に代わる『象徴』だということです。

※ 象徴とは - 抽象的な思想、観念、事物などを、具体的な事物によって理解しやすい形で表すこと。また、その表現に用いられたもの - 要は、シンボルのことをいいます。

そんなことはわかり切ったことですが、では何を象徴するがための「パトロネ」なのかといいますと - いくら考えても分からないので仕方なく星野智幸氏の解説を読んでみると - まずはこの小説に出現するのは「老化とアンチエイジングの物語」だと言います。

小説の中には、エイジングへの強迫観念が、ざらつきの表象となって蔓延している。鯉に与えられる砂、粒子の粗い妹の撮る写真、印画紙に傷をつける行為としての現像、「私」の湿疹、妹の背中、バス停のベンチ、サボテン、りーちゃんの描く「私」の似顔絵。これに対し、つるつるの表面を持つモチーフとして、パトロネ、太った妹、かわはぎ皮フ科の先生の肌、スノードーム、りーちゃんが対置される。(巻末解説より抜粋)

ここでやっと出てくる。数多く示された『象徴』の中に混ざって、「つるつる肌」をイメージするのに引き合いにされたのが「パトロネ」だというわけです。

確かに、主人公の「私」は顔に軽い皮膚炎を患い、患部が顔面だということで大いに困惑します。眉間と顎のかゆみが翌日には顔全体に広がり、触れるとどこからでも薄皮がぼろぼろと剥がれてこぼれ落ちるようになります。

むきになってファンデーションを塗りたくるのですが、肌はパフが触れるたびに毛羽立っていくようで、それを隠そうとさらに無理矢理にファンデーションを重ねると、炎症は赤から紫色に変色してなお存在を主張するようになります。

調子の悪い日には、すっぴんであってもひどいことになった。赤みもかゆみも増し、皮膚の下で虫が動き回った軌跡みたいな腫れが顔中にあらわれた。こうなると、もはやファンデーションを塗る気力も湧かない。私は絶望して熱い顔を手で覆う。皮膚は乾ききって、薄紙でできたお面の手触りだ。(作中より)

こんな箇所を読んだあとに「老化とアンチエイジングの物語」ですと言われたら、ああなるほどそういうことかと納得もするでしょう。しかしながら、そのことに対比するイメージとしてパトロネの質感を持ち出されても、いまいちピンとこないのです。

「パトロネ」に触発されてそれに見合った話を書こうとしたのか、「老化とアンチエイジングの物語」を書くためのモチーフを探していたら偶然「パトロネ」が目に飛び込んできたのかは分かりませんが、いずれにしても無理があるように思えてなりません。

響かないし、そぐわない。そもそも本当に「老化とアンチエイジングの物語」なのかも分からなくなってきます。話があっちこっちに飛んで、しかも現実ではないようなところがあって、別の何かを言いたいのかも知れない。そんなふうにも感じられます。

まあ、そうは言っても元来藤野可織という人は「生理的な恐怖」を書くのを得意とする芥川賞作家さんですから、額面通りにだけ読むのではなく、内に孕んだホラーをこそ感じるべきなのかもしれないのですが・・・・

 

この本を読んでみてください係数 75/100

 


パトロネ

 

◆藤野 可織
1980年京都府京都市生まれ。
同志社大学大学院美学および芸術学専攻博士課程前期修了。

作品 「いやしい鳥」「爪と目」「おはなしして子ちゃん」「ファイナルガール」など

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