『八番筋カウンシル』(津村記久子)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/12
『八番筋カウンシル』(津村記久子), 作家別(た行), 書評(は行), 津村記久子
『八番筋カウンシル』津村 記久子 朝日文庫 2014年4月30日第一刷
小説の新人賞受賞を機に会社を辞めたタケヤス。実家に戻り、家業を継ごうと考えはじめるヨシズミ。地元の会社に就職するも家族との折り合いが悪く、家を買って独立したいと考えるホカリ。幼なじみの3人が30歳を目前に、過去からの様々な思いを抱えて再会する。久しぶりに歩く地元の八番筋商店街は中学生の頃と全く変わらないが、近郊に建設される巨大モールにまつわる噂が浮上したことで、地元カウンシル(青年団)の面々がにわかに活気づく。そんな中、かつて商店街で起こった不穏な出来事で街を追われたカジオと15年ぶりに再会し・・・・。生まれ育った場所を出た者と残った者、それぞれの人生の岐路を見つめなおす終わらない物語。(「BOOK」データベースより)
※ カウンシル - 評議会、協議会のこと。「青年団」とありますが、正確には「青年会」。八番筋商店街の店主たちの集まりで、間違っても「青年」などではありません。ぶっちゃけて言うと、好きなことばかりを言う手前勝手な「おっさん連中」を指してそう呼びます。
主に登場するのは本来なら次の跡継ぎになろうかという世代の面々で、商店街で育ち、同じ中学校で学び、その後進路は様々に分かれたものの30歳を前にしてそれぞれがそれぞれの事情のもとに実家で暮らし、久方ぶりに出会うところから話は始まって行きます。
タケヤスは、名を桂治と言います。祖父が電器店を営んでいたのですが、5年前に亡くなると同時に店は閉まったまま。彼は小説の新人賞を取ったのですが、印刷会社の正社員として働きながら投稿を続けていた無理がたたり体を壊し、会社を辞めて家にいます。
ヨシズミの家は文具屋で、祖父が他の仕事と掛け持ちしながら何とか営んでいたような状態で、15年前に祖父が亡くなり、後を引き継いだ祖母も数年前に引退し、現在は廃業状態。ヨシズミは最近になって東京の会社を辞め、実家に戻って店を継ごうと考えています。
ホカリの家は主に生活リネンを売っていたのですが、祖父母が亡くなると同時に廃業しています。彼女は正社員としてしっかり働いています。しかし家族との折り合いが悪く、いずれ家を出て行こうとしています。今はフリーターの兄と母親の3人で暮らしています。
彼ら3人には、ある共通点があります。タケヤスの父は事業に失敗し、ホカリの父は家庭内暴力をふるい働かず、ヨシズミの父は死別と、それぞれに母子家庭で、商店街にある祖父母の家に身を寄せています。
・・・・・・・・・・
彼らのほかに、ホカリの従姉のカヤナ(澤井茅菜)がいます。3人と同級生でもある彼女は、高校を出るとすぐに中学から付き合っていた男と結婚し、21歳で女の子を産みます。ヨシズミやタケヤスに笑いかける時の彼女は、とても9歳の娘がいるようには見えません。
小学校も中学校も、クラスの半分の男が彼女のことを好きだったくらいにカヤナは美人な女性です。どちらかというと仏頂面をしていることが多く、できる人間であっても職場の空気をひりつかせることがあると思われるホカリとはまるで正反対な印象です。
もう一人いる主要な人物に、中一の2学期に転校してきたカジオがいます。カジオは総じて真面目で、妙に修羅場を経てきたような鋭い老けた顔つきをしています。元々はヨシズミとタケヤスがつるんでいて、そこにヨシズミがカジオを引っ張ってきたという関係で、
ヨシズミとカジオが仲良くなったのは、カジオが文具店で出来合いの学童用のぞうきんを万引きしようとしたのをじいちゃんが止めて叱り飛ばして以来のことです。カジオがぞうきんを盗もうとしたのには、やむにやまれぬある事情があります。
カジオのお母さんは時々長く家を空けることがあり、それなりの生活費や小遣いを渡していたはずだったのですが、なぜか勝手にお母さんをカウンシルの名簿に加えていた婦人部のおばはんの誰かが、滞納している会費を早く寄越せと玄関先で怒鳴り散らしたので、
カジオは言われるまままに2万円を渡し、それで一文無しになったその日に、カジオの妹がぞうきんを持って来ないという理由で先生に怒られまくったと泣いて帰って来たといいます。それで仕方なくカジオは万引きしてしまったのです。
事はあえなくヨシズミのじいちゃんに見つかり厳しく注意され、しかし事情を話すと、じいちゃんはばあちゃんに頼んで急ごしらえでぞうきんを作ってもらい、カジオの妹にやったのだといいます。2人の仲がいいのは、それ以来のことです。
さてこんな伏線がある中で、ある日の深夜、ヨシズミのじいちゃんが突然に亡くなるという「事件」が起こります。じいちゃんは商店街の路上で胸を押さえて蹲り、そのまま動かなくなったというのですが、確かに現場を見たという人間が中々に現れません。
このことのせいであらぬ噂が流れ、結果カジオの一家は街から姿を消します。そして現在、カウンシルの面々はもっぱら近くにできるという巨大ショッピングモールの是非についての議論に明け暮れています。そのモールチェーン会社の調査員として現れたのがカジオで、タケヤスやヨシズミは気まずい中、15年ぶりにカジオと再会することになります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆津村 記久子
1978年大阪府大阪市生まれ。
大谷大学文学部国際文化学科卒業。
作品 「まともな家の子供はいない」「君は永遠にそいつらより若い」「ポトスライムの舟」「ワーカーズ・ダイジェスト」「カソウスキの行方」「ミュージック・ブレス・ユー!! 」「とにかくうちに帰ります」「婚礼、葬礼、その他」他多数
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