『告白』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/12 『告白』(湊かなえ), 作家別(ま行), 書評(か行), 湊かなえ

『告白』湊 かなえ 双葉文庫 2010年4月11日第一刷

「愛美は死にました。しかし、事故ではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」
我が子を校内で亡くした中学校の女性教師によるホームルームでの告白から、この物語は始まる。語り手が「級友」「犯人」「犯人の家族」と次々と変わり、次第に事件の全てが浮き彫りにされていく。衝撃的なラストを巡り物議を醸した、デビュー作にして、第6回本屋大賞受賞のベストセラーが遂に文庫化! (双葉文庫)

随分と前に買った本ですが、改めて読んでみるとえらく面白い。今更にこんなことを言うと如何にも間が抜けていて恥ずかしいのですが、本当のことだから仕方ない。いまいち湊ファンではない私にしてみれば、たまたま手に取ってみただけのことだったのです。

最近読んだ何冊かの内では、ピカ一の読後感。中でも、第一章「聖職者」の語りは圧巻。ふざけた遊びの挙句に幼いわが娘を殺された中学校教師、森口悠子の、狂気としか言いようのない、それでいてどこまでも冷静な報復の言葉、また言葉の連続。

事を企てた犯人、〈生徒〉AとBに対する怖気を震うような戒めや、いたぶる気持ちを押し隠しつつ、わざとクラス全員の前で言う詰問にも似た告白 - 彼女には容赦というものがありません。

物語の始まりにおいて、既に森口悠子は常軌を逸した状態でいます。平静を装い、諭すように生徒らに事細かく事件のあらましを解説しているふうではありますが、明らかに普通ではありません。気遣っているかに見せかけて、実のところは何ら気遣ってなどいません。

母親としてはAもBも殺してやりたいと思うくらいに憎い。しかしながら、私は教師でもあり - 警察に真相を話し、然るべき処罰を受けさせるのは大人としての義務ではあるが - 教師には子供たちを守る義務がある。

警察が事故と判断したのなら、今さらそれを蒸し返すつもりはない。事情を知ったBの父親から電話があり賠償金の話をされたが、私はそれを断った。私が受け取ればBにとってはそれで事件が終わったことになる。(それでは結果Bのためにならない)

私はBに、自分の犯した罪を忘れず正しい道を歩んでいってほしいと思う。Bが罪の重さに耐え切れなくなったときには、どうかお父様方はBを温かく見守り、支えてあげてくださいと。

そんなことを言う傍らで、彼女は自分を「なかなか、聖職者っぽい発言だと思いませんか? 」と、生徒に問いかけたりします。BやBの両親に対する自らの対応をして「これも、なかなかいいですね」などと、わざと挑発するようなもの言いをします。
・・・・・・・・・
続く第二章、第三章では、クラス委員長の美月という女生徒、あるいは犯人Bの姉(ここでの多くはBの母親が書いた日記に費やされます)からみた事件の在り様、当事者らに対する心証などが述べられます。

第四章は、下村直樹(犯人の一人、生徒 B)の独白。直樹は、自分は被害者であって、犯人はあくまで渡辺修哉(もう一人の犯人、生徒A)だと思っています。ところが、森口悠子は「殺したのはBである」と断言し、言われた直樹は尚のこと絶望の沼へ沈んでゆきます。

『遺書』ではじまる第五章は、渡辺修哉が語る自らの「生い立ち」、「内に秘めた狂気」、そして「事件を起こした動機」といった内容。中で特筆すべきは彼の「生い立ち」に関する部分で、修哉は限りなく母親に憧れ、後に殺したいと思うくらいに彼女を憎みます。

そして迎える第六章。この(最終)章で語られる事実に、果たして読者である皆さんは何を思い、何を感じるのでしょう。

「自分の娘を生徒に殺害された中学校教師の復讐劇」にこの上ないカタルシスを感じる人。〈生徒〉AとBは、明らかに責めを負うべき罪を犯したのには違いありません。しかし、そこに至る経緯の中でそうはならないための手立てがなぜ打てなかったのかと考える人。

ホームルームで告白する際、森口悠子は既に教師を辞めることを決めています。事件はあくまで「事故扱い」のため、その後も授業は平常通りに行われます。悠子に代わり新しい担任が着任するのですが、クラスの全員は意図して事件のことは言わないでいます。

但し、渡辺修哉は終始無視され、下村直樹は学校へ来なくなります。元々修哉は唯我独尊で徒党を組むのを嫌うタイプの生徒で、いじめられはしますが、本人が気に病むことはありません。直樹はどうあっても学校へ行くことが出来ず、部屋に籠ってばかりいます。

「告白」とは、(誰の、如何なる時のそれであっても)なんと独りよがりのものであることか・・・・。自分本位で、(何気ないときには露見しないだけであって)つまるところ他人のことなど考えてはいないということ。

教師と生徒といういわば社会に組み込まれた否応ない関係の中でなら尚のこと、抜き差しならぬ事態であったとしたら、たとえ親姉弟であるとしても例外ではない - そんなことを思い知ったような気がします。

この本を読んでみてください係数  85/100


◆湊 かなえ
1973年広島県因島市中庄町(現・尾道市因島中庄町)生まれ。
武庫川女子大学家政学部卒業。

作品 「少女」「贖罪」「Nのために」「夜行観覧車」「望郷」「往復書簡」「境遇」「サファイア」「母性」「絶唱」「ユートピア」他多数

関連記事

『オールド・テロリスト』(村上龍)_書評という名の読書感想文

『オールド・テロリスト』村上 龍 文春文庫 2018年1月10日第一刷 「満州国の人間」を名乗る老

記事を読む

『完璧な病室』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『完璧な病室』小川 洋子 中公文庫 2023年2月25日改版発行 こうして小川洋子

記事を読む

『怪物の木こり』(倉井眉介)_書評という名の読書感想文

『怪物の木こり』倉井 眉介 宝島社文庫 2023年8月10日 第6刷発行 第17回

記事を読む

『望郷』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『望郷』湊 かなえ 文春文庫 2016年1月10日第一刷 暗い海に青く輝いた星のような光。母と

記事を読む

『向こう側の、ヨーコ』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『向こう側の、ヨーコ』真梨 幸子 光文社文庫 2020年9月20日初版 1974年

記事を読む

『誰かが見ている』(宮西真冬)_書評という名の読書感想文

『誰かが見ている』宮西 真冬 講談社文庫 2021年2月16日第1刷 問題児の夏紀

記事を読む

『午後二時の証言者たち』(天野節子)_書評という名の読書感想文

『午後二時の証言者たち』天野 節子 幻冬舎文庫 2017年10月10日初版 八歳の女児が乗用車に撥

記事を読む

『金曜のバカ』(越谷オサム)_書評という名の読書感想文

『金曜のバカ』越谷 オサム 角川文庫 2012年11月25日初版 天然女子高生と気弱なストーカーが

記事を読む

『女ともだち』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『女ともだち』真梨 幸子 講談社文庫 2012年1月17日第一刷 「その事件は、実に不可解で

記事を読む

『1R 1分34秒』(町屋良平)_書評という名の読書感想文

『1R 1分34秒』町屋 良平 新潮社 2019年1月30日発行 デビュー戦を初回

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑