『サンショウウオの四十九日』(朝比奈秋)_書評という名の読書感想文

『サンショウウオの四十九日』朝比奈 秋 新潮社 2024年7月10日 発行

同じ身体を生きる姉妹、その驚きに満ちた普通の人生を描く、第171回芥川賞受賞作

周りからは一人に見える。でも私のすぐ隣にいるのは別のわたし。不思議なことはなにもない。けれど姉妹は考える。隣のあなたはだれなのか? そして今これを考えているのは誰なのか -- 三島由紀夫賞植物少女再び。最も注目される作家が医師としての経験と驚異の想像力で人生の普遍を描く、世界が初めて出会う物語。(新潮社)

父は、伯父の胎児内胎児でした。

つまり、

父が伯父の中にいた時、父の体内へ勝彦さん (伯父) の動脈と静脈が乗りいれていて、父は血管から直接酸素と栄養を得ていた。伯父にとって父は紛れもなく内臓の一つで、父にとって伯父は世界そのものだった。その感覚がきっといつまでも続いているのかもしれない。自分が病んでいても父を気にかける伯父の気質も、何が起こっても周りが助けてくれるもんなんだ、といった父の気質もきっとここから来ている。(本文 P30.31)

そして、その父と母の間に生まれた双子の姉妹が、瞬と杏。二人は二人で一人、同じ身体を生きる 結合双生児でした。それはたとえば、こういうことです。

鏡にはたった一体の人間が映っている。一体だけど一人ではない。何の因果でかおかしな体に生まれたことに重い息がもれる。双子の姉妹ではあるが伯父と父以上に全てがくっついて生まれ落ちて、そして、今もくっついている結合双生児だから、杏が伯父と父のことを考えてしまうのはしかたがなかった。少なくとも周りにくっついている人間はいないのだから、かつて強く繋がっていた二人の心境が杏は気になる。

わたしは鏡に映るおかしな体を洗っていった。右はなで肩で、左はいかり肩。普通より骨格的に幅も厚みもある胴体には二人分が詰まっている。小顔矯正どころか、美容外科手術でさえ、どうにもならないレベルで鉢のはった頭の上に泡を立てた。

頭も体も洗い終えても、杏は考え事を続けている。今日はわたしが体を拭いて、頭を乾かすしかないと諦めたところで、杏は手を伸ばして浴槽のカランを捻った。浴槽にお湯が注がれるのを見て、わたしもまた張っていた気が抜けていく。水面が少しずつ上がっていくのを二人で眺めていると溺れていくような心地がした。(本文 P32.33)

親から子へ、なにがしかの遺伝ではあったのだろうと。にしても、体を縦に半分にして右に一人、左に一人 - 「同じ身体に二人が生きている」 とは、どんな感覚なのでしょう。たとえそれが血を分けた姉妹であったとしても、いつ如何なる時ももう一方の存在を気にかけながら生きるとは。想像すると、気が遠くなるような思いがします。

ところが、本人たちをはじめ家族や親戚は、思うほどには深刻ではありません。“表向きは“ ということでしょうが、彼らは案外普通に暮らしています。・・・・・・・ ではありますが、

二人の姉妹は、同体故、並の人間なら考えもしない疑問に、あるいは葛藤に直面せざるを得ません。考えれば考えるほどに、思考も感情も感覚も、意識でさえも - 何ひとつとして自分だけのものなどないのではないかと。なら、自分は何者なんだと。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆朝比奈 秋
1981年京都府生まれ。小説家、医師。

作品 「塩の道」 で第7回林芙美子文学賞を受賞。同作を収録した 「私の盲端」 でデビュー。他に 「植物少女」「受け手のいない祈り」「あなたの燃える左手で」など

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