『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』(佐々涼子)_書評という名の読書感想文

『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』佐々 涼子 集英社文庫 2023年7月12日 第9刷

運ぶのは、遺体だけじゃない。魂も、祖国へ送り届ける。熱きプロフェッショナルを追った名著  

異境の地で亡くなった人は一体どうなるのか - 。国境を越えて遺体を故国へ送り届ける仕事が存在する。どんな姿でもいいから一目だけでも最後に会いたいと願う遺族に寄り添い、一刻も早く綺麗な遺体を送り届けたいと奔走する “国際霊柩送還士“。彼らを追い、愛する人を亡くすことの悲しみや、死のあり方を真正面から見つめる異色の感動作。第10回開高健ノンフィクション賞受賞作。(集英社文庫)

あなたは、あなたの人生で、遺体を目にしたことが何度あるでしょう。触ったことはありますか? 身体を拭いて、死装束を着せてあげたりしたことは? あれほど親しかった人なのに、亡くなった途端、別の何かに変化したようで、思いの外、よそよそしくはならなかったでしょうか。

そんなあなたには、作中に何度も出てくるこの言葉は、強烈な印象を残すことになるはずです。エンバーミング ・・・・・・ 忘れないでください。死者を弔う前に、誰かがこれをしなければなりません。  

エンバーミング (embalming) とは、遺体を消毒や保存処理、または必要に応じて修復することで長期保存を可能にする技法のことをいいます。(一連の作業の中には、髭を剃り化粧を施し、できる限り生前に近い、しかも自然で穏やかな表情に戻すことも含まれています)

海外で亡くなった邦人を日本へ搬送するプロフェッショナル。彼らは 「国際霊柩送還士」 と呼ばれるそうだ。

この作品を描くにあたって、著者の佐々涼子が取材対象として選んだのが、業界のパイオニアであるエアハース・インターナショナル社だった。

同社は海外での登山事故や病気で亡くなった方々の搬送をするほか、エジプトの観光地ルクソールで起きた無差別発砲事件、イラク戦争の際の在イラク日本大使館員殺害事件、シリアでの日本人女性ジャーナリスト殺害事件、スマトラ島沖地震の津波といった事件や災害に巻き込まれた人々の遺体の搬送も取り扱っている。

読者の中にも、テレビのニュースでこうした犠牲者の遺体が空港に到着する映像を目にした人も多いだろう。その柩の傍らに喪服を着て寄り添っているのが、彼らなのだ。

国境を越えた遺体の搬送には実に細かな作業が必要とされるが、その代表的なものがエンバーミングと呼ばれる遺体の腐敗防止処置だ。血管の中に防腐剤を注射で流し込んで全身に行き渡らせた上で、体液が漏れないように穴を一つ一つふさぐなど細かな作業をしていかなければならない。

ж

エンバーミングには、国が定めるライセンスや資格のようなものがないため、業者によっては技術に大きな差が出てきてしまう。ましてやそれが発展途上国などのエンバーミング業者だと考えれば、起こりえるトラブルは想像を絶するものになるだろう。

だからこそ、エアハース・インターナショナル社の社長・木村利恵は海外の業者を一つ一つ訪れて、信頼できるネットワークを築き上げたり、技術を教えたりしなければならない。むろん、自ら出向いてエンバーミングを施すこともある。海外からの遺体搬送業務とは計り知れない苦労があるのだ。(解説より)

※私が就職したのは、地域に根差したさほど大きくもない金融機関でした。二年目に渉外担当となり、来る日も来る日も担当エリア内をバイクで回り、決まった集金をこなす傍ら、新たな契約や新規の顧客を獲得すべく奔走していました。

前任から引き継いだ顧客の中に、個人で葬祭業を営むI氏がいました。電話番は奥さん、常の従業員は1人で、仕事が入れば馳せ参じるスタッフが複数名という、典型的な家族経営での営業でした。

取引状況は良好で、時折キャンペーンなどがあり無理を頼むと、なんなく応じてもらえる “神のような“ お客さんでした。ただ、前任者からもI氏からも言われたことですが 「用事があろうがなかろうが一日一度は顔を出せ」 というのが、新任の私に課せられた “ノルマ“ でした。

正直、最初はそれが苦痛で、行ったところで話す話題がありません。葬祭業という仕事のこともよくはわからず、突然親し気に店にやって来る人はどこか怪しげで、半年ほどは馴染めずにいました。それでも徐々にではありますが、社長のI氏や奥さんや、唯一の従業員のM君ともうちとけて、気づくと、そこが外回りに出た際の私の一番の休憩場所になっていました。

社長夫婦とスタッフで行く慰安旅行に誘われました。私が麻雀ができると知ると、声がかかるようになりました。勝負はシビアでしたが、食事は毎回馴染の店で出前を頼み、代金は社長持ちで好きなものを食べました。

母が亡くなったときも、父が亡くなったときも、親戚の誰かが亡くなり相談を受けたときも、これまで何度もお世話になりました。たった一度だけ、告別式の後片付けに、どうしても人がないからと、職場に内緒で応援のアルバイトに行ったことがあります。

転職後しばらく経ってからのことですが、社長の告別式にも奥さんの告別式にも参列しました。店を継いだ息子からの連絡でした。思うと、身近で起こる人の生き死にについて、様々なことを教わりました。葬儀に関する諸々も、ずいぶん詳しくなりました。亡くなった人とも、“区分なく“ 接することができます。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆佐々 涼子
1968年神奈川県横浜市生まれ。
早稲田大学法学部卒業。

作品 「エンド・オブ・ライフ」「たった一人のあなたを救う 駆け込み寺の玄さん」「紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場」「ボーダー 移民と難民」など

関連記事

『盤上に散る』(塩田武士)_書評という名の読書感想文 

『盤上に散る』塩田 武士 講談社文庫 2019年1月16日第一刷 唯一の家族だった

記事を読む

『身の上話』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『身の上話』佐藤 正午 光文社文庫 2011年11月10日初版 あなたに知っておいてほしいのは、人

記事を読む

『赤頭巾ちゃん気をつけて』(庄司薫)_書評という名の読書感想文

『赤頭巾ちゃん気をつけて』庄司 薫 中公文庫 1995年11月18日初版 女の子にもマケズ、ゲバル

記事を読む

『ファーストラヴ』(島本理生)_彼女はなぜ、そうしなければならなかったのか。

『ファーストラヴ』島本 理生 文春文庫 2020年2月10日第1刷 第159回直木賞

記事を読む

『いつか、アジアの街角で』(中島京子他)_書評という名の読書感想文

『いつか、アジアの街角で』中島 京子他 文春文庫 2024年5月10日 第1刷 あの街の空気

記事を読む

『おいしいごはんが食べられますように』(高瀬隼子)_書評という名の読書感想文

『おいしいごはんが食べられますように』高瀬 隼子 講談社 2022年8月5日第8刷

記事を読む

『硝子の葦』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『硝子の葦』桜木 紫乃 新潮文庫 2014年6月1日発行 今私にとって一番読みたい作家さんです。

記事を読む

『KAMINARI』(最東対地)_書評という名の読書感想文

『KAMINARI』最東 対地 光文社文庫 2020年8月20日初版 どうして追い

記事を読む

『木曜日の子ども』(重松清)_書評という名の読書感想文

『木曜日の子ども』重松 清 角川文庫 2022年1月25日初版 世界の終わりを見た

記事を読む

『永遠の1/2 』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『永遠の1/2 』佐藤 正午 小学館文庫 2016年10月11日初版 失業したとたんにツキがまわっ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『バリ山行』(松永K三蔵)_書評という名の読書感想文

『バリ山行』松永K三蔵 講談社 2024年7月25日 第1刷発行

『少女葬』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『少女葬』櫛木 理宇 新潮文庫 2024年2月20日 2刷

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(麻布競馬場)_書評という名の読書感想文

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』麻布競馬場 集英社文庫 2

『これはただの夏』(燃え殻)_書評という名の読書感想文

『これはただの夏』燃え殻 新潮文庫 2024年9月1日発行 『

『小さい予言者』(浮穴みみ)_書評という名の読書感想文

『小さい予言者』浮穴 みみ 双葉文庫 2024年7月13日 第1刷発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑