『境界線』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『境界線』中山 七里 宝島社文庫 2024年8月19日 第1刷発行

護られなかった者たちへ を超える慟哭 - シリーズ55万部突破 戸籍売買の闇を描く社会派ミステリー!  

七年前の東日本大震災で行方不明になっていた女性の遺体が発見された。身分証から笘篠奈津美という人物であることが分かり、宮城県警捜査一課警部・笘篠誠一郎の妻だった。笘篠は遺体の待つ現場へ急ぐ。しかし、目にしたのは別人だった。笘篠は妻を騙られた怒りを抱えながら個人情報の流出経路と遺体の身元を探る。そんななか、さらに事件が起こり - 。解説・葉真中顕 (宝島社文庫)

津波が町を襲い、物も人も呑み込んで、それがまた引き潮で一気に海へと押し戻される。似た光景が東北地方のあちらでも、こちらでも。テレビの画面越しに見た惨状に息を呑み、言葉を詰まらせました。

人の無力を、いやというほど思い知らされました。あの状況の一部始終を目の当たりにし、家を失い、家族を亡くした人たちは、その後どんな人生を歩むことになったのでしょう。もしも。もしも震災がなければ - 彼はあんな犯罪を犯していたでしょうか。

- 本作の舞台は、東日本大震災から七年が経過した宮城県。七年というのは、行方不明となった人を法律上死亡したものとみなす失踪宣言の申し立てが可能になる時間だ。(以下略)

あの震災では多くの人々が津波に呑まれ遺体もみつからないまま行方不明となった。その数は、発生直後の段階で一万人を超えていた。これだけ多くの人を生死不明の宙ぶらりんの状態にしていては、社会的な不利益が大きいと判断した政府は、震災の発生から二ヶ月後には、戸籍法の特例を用いて、震災時の状況や経緯などを記した書面を死亡届に添付すれば失踪宣告を申し立てずとも、即時、死亡届を受理する方針を打ち立てた。相続や保険金の受け取りなど、法的な死が確定しなければ、できないことはたくさんある。多くの被災者遺族がこの特例を利用し、死亡届を提出した。

しかし、誰もがすんなりそうした手続きをとれるわけではない。それぞれの想いと事情により、本来の失踪宣言の規定である七年間が経過したあとも、遺族の死亡届を出さずにいる人もいる。

本作の主人公である宮城県警捜査一課の刑事、笘篠もその一人だ。彼の妻と息子は、自宅とともに津波に呑まれ、以来、行方不明である。生きているとは考えにくい。しかし、笘篠は妻子の死を受け入れることができず、仕事にかまけ、手続きをしないままでいる。

その笘篠の妻らしき女性の死体が発見されたところから、物語は始まる。(解説より)

目次

一 生者と死者
二 残された者と消えた者
三 売る者と買う者
四 孤高と群棲
五 追われる者と追われない者

※先日、宮崎県沖を震源とした大きな地震がありました。南海トラフの震源域内の地震らしく、初めて聞く 「巨大地震注意」 の臨時情報が発せられました。翌日には神奈川県で最大震度5弱を観測する地震がありました。南海トラフとは別の地震だったようですが、聞いた瞬間 「きたか! 」 と、ぞっとしました。いずれにせよ、他人事ではありません。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆中山 七里

1961年岐阜県生まれ。花園大学文学部国文科卒業。

作品 「切り裂きジャックの告白」「贖罪の奏鳴曲」「追憶の夜想曲」「七色の毒」「さよならドビュッシー」「闘う君の唄を」他多数

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