『これはただの夏』(燃え殻)_書評という名の読書感想文
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『これはただの夏』(燃え殻), 作家別(ま行), 書評(か行), 燃え殻
『これはただの夏』燃え殻 新潮文庫 2024年9月1日発行
『ボクたちはみんな大人になれなかった』 その後の物語 - 。

その瞬間、手にしたかったものが、僕の目の前を駆け抜けていったような気がした - 。テレビ制作会社に勤める秋吉、知人の結婚式で出会った風俗嬢の優香、育児放棄気味の母親と暮らす十歳の明菜、そして末期癌を患う秋吉の仕事仲間、大関。長い人生の中でのほんの一瞬、四人は絶妙な距離を保ちながら、ひと夏を過ごす。嘘で埋めつくされた日常の中で願いのようにチカリと光る 「本当」 の物語。(新潮文庫)
人生は、思うほどには上手くいきません。繰り返し味わう挫折感や敗北感、諦念といったものを抜きにしては語れません。但し、それを如何にも深刻ぶって言うかどうかは人それぞれで、(半ば投げやり気味に) 笑い飛ばそうとはするものの、それはそれで中々できないことでもあって・・・。
四十過ぎて独身の秋吉も、仕事仲間の大関も、偶然知り合った美貌の風俗嬢・優香も、十歳の少女・明菜でさえも同様で、四人はそれぞれに、それでも続く日常をどうにかして生きていかなければなりません。生きていくしか他になすすべがありません。問題は山積みなのですが、ところが彼らは案外平気なふうで、そうするに足る “胆力“ を持ち合わせています。
ユルさの中に見え隠れする、やりきれなさや徒労感。つらいはずなのに、しんどくて今にも死にそうなのに、彼らは自分の弱さを見せません。皆が皆、決して幸せとは言えない状況なのに、四人のうちの誰かになって別の誰かと出会ってみたい、そんな気持ちになりました。
あの夏、素直に会いに行ってただ一緒に泣いてやればよかった。本当はそうしたかったのにできなかった全てのボクは、この小説を読んで 【自分ごと】 にせずにはいられないだろう。前作 『ボクたちはみんな大人になれなかった』 は全力で独り占めしたかったのに対し、この小説は、ここに描かれている数日は、今すぐ誰かに伝えたくなる。「もう遅いと思うには、きっとまだ早い」 と。(はっとり/マカロニえんぴつ Vo/Gt)
この本を読んでみてください係数 85/100

◆燃え殻
1973年神奈川県生まれ。
テレビ美術制作会社 企画、小説家、エッセイスト。
作品 「ボクたちはみんな大人になれなかった」「すべて忘れてしまうから」「湯布院奇行」「それでも日々はつづくから」「ブルー ハワイ」「断片的回顧録」「夢に迷ってタクシーを呼んだ」など
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