『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(麻布競馬場)_書評という名の読書感想文

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』麻布競馬場 集英社文庫 2024年8月30日 第1刷

東京に来なかったほうが幸せだった? 注目の覆面作家のデビュー作

みんな、高校卒業おめでとう。最後に先生から話をします。この街を捨てて東京に出て、早稲田大学の教育学部からメーカーに入って、僻地の工場勤務でうつになって、かつて唾を吐きかけたこの街に逃げるように戻ってきた先生の、あまりに惨めな人生の話を - 」 (「3年4組のみんなへ」) など、Twitterで大反響を呼んだ虚無と諦念のショートストーリー集。話題の覆面作家、衝撃のデビュー作! 解説/新庄 耕 (集英社文庫)

日本全国どこにいたとしても、若者なら一度は思うことがある。

人よりもいい大学に入り、人よりもいい会社に入り、人よりも出世し、人よりも金を稼ぎ、人よりもいいものを食べ、人よりもいいものを纏い、人よりもいい家に住み、人よりもいい伴侶を見つけ、人よりもいい我が子を育て、人よりも流行に敏感に、人よりも称賛を浴び、人よりも美しく、人よりも強く、人よりも幸福に、人よりも・・・・・・・ (解説より)

東京でのみならず、早稲田や慶應ほどの大学ではないにせよ、大抵の人の本音はそういうものでしょう。何かにつけ、人は、人と比較せずにはいられません。優位なはずがいつの間にか落ちこぼれ、気づくと話を聞いてくれる友さえいなくなっている。孤独な日々は自意識だけが膨張し、やがて始末に負えなくなってしまう。その象徴が 「東京タワー」 なのだろうと - 。とにもかくにも、リアルな話が二十二編。

いまどうしてる?

140文字を上限につぶやいてインターネット上でコミュニケーションをはかるTwitterの日本語版がリリースされたのは2008年のことだった。漢字を含む日本語は、アルファベットで構成される西洋の言語にくらべて表意文字としてより多くの情報を表現できることも影響し、日本で爆発的に流行した。

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そうした言葉の坩堝の中で、明確な目的をもたない、強いて言えば承認欲求を満たすような、生々しい本音にささえられた独白を謳ったツイートがひそかに注目を浴び、拡散されていった。誰かがそれをTwitter文学と呼び、その旗手として彗星のごとくあらわれたアカウントこそ、本書の著者である麻布競馬場だった。

本書は22の短編で構成され、各編は連続する複数のツイートからなる。140文字という制約が文章に適度な緊張をもたらし、ツイート間の空白が定型詩に通底する独自の余韻とリズムを生みだしている。

麻布競馬場作品にテーマがあるとすれば、それは東京に生きる、あるいはかつて生きたものたちの悲哀とひとまずは言えるかもしれない。

地方の 「この街」 から上京し、早稲田大学を経てメーカーに就職したが、僻地の工場勤務で精神を病んでふたたび 「この街」 にもどり、どうにか人生の折り合いをつけようとしている高校教師、清澄白河に買った2LDKのマンションで独身貴族を謳歌していながら、鬱でメガバンクを辞めた元恋人が千葉の流山で妻子とささやかに暮らしている姿に心が落ち着かなくなる慶應義塾大学出身の電通ウーマン、自分の人生のやり残しを当然のように期待してくる地元の祖父から逃れ、東京タワーがよく見えるタワーマンションの28階に住んで都会の孤独に安寧をおぼえるエリート広告マン・・・・・・・本作品に登場する語り手には、出自や社会的地位のいかんを問わず、いずれも悲哀の影がつきまとっている。(解説より)

※「人は自由に走ってるようで実は決められたコースをムチ打たれながら競争させられている」。麻布競馬場というペンネームにはそんな皮肉を込めたとか。慶應出身で東京在住の著者ならではのリアルに過ぎる話を存分に。あまりの 「悲哀」 に、噎ぶかもしれません。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆麻布競馬場
1991年生まれ。
慶應義塾大学卒業。

作品 2021年からTwitterに投稿していた小説が 「タワマン文学」 として話題になる。22年、ショートストーリー集 『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』 でデビュー。24年、『令和元年の人生ゲーム』 で第171回直木三十五賞候補。

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