『少女葬』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『少女葬』櫛木 理宇 新潮文庫 2024年2月20日 2刷

なぜ普通の少女は、最底辺へ堕ちたのか。

一人の少女が壮絶なリンチの果てに殺害された。その死体画像を見つめるのは、彼女と共に生活したことのあるかつての家出少女だった。劣悪なシェアハウスでの生活、芽生えたはずの友情、そして別離。なぜ、心優しいあの少女はここまで酷く死ななければならなかったのか? 些細なきっかけで醜悪な貧困ビジネスへ巻き込まれ、運命を歪められた少女たちの友情と抗いを描く衝撃作。『FEED』 改題。(新潮文庫)

家出した、しかも未成年の少女にはなすすべがありません。働き先は見つからず、頼れる大人もいません。それでも何とかしたいという、強い気持ちは一緒だったはずが、何が二人の分岐点だったのか - 二人は何を夢見て、家を出たのでしょう。

主人公は、〈シェアハウス・グリーンヴィラ〉 に暮らす十六歳の伊沢綾希。 ある事情から家出したものの、行くあてのない彼女がたどり着いたのが、このシェアハウスだった。

築四十二年の鉄筋四階建てで、キッチンとバス、トイレが共同というドミトリータイプ。敷金礼金保証人不要、年齢制限なし。一部屋に二段ベッドが二台置かれ、パーソナルスペースはその寝床だけだが、家賃と光熱費で月に一万数千円と破格値。家出娘にとっては好都合の住処だ。しかしそれは同様のワケありばかり集まってくるということでもある。プライバシーはゼロ、自衛しなければ食べ物からトイレットペーパーに至るまで盗まれる。清潔には程遠い無法地帯。

この状況を良しとしない綾希はなんとか仕事を見つけてグリーンヴィラを出たいと思うが、当然、家出状態ではまともな就職はおぼつかない。生活をギリギリまで切り詰める日々。だが体だけは売らないと固く誓っていた。

そんなとき、同世代の関井眞実が同室に入居してきた。自衛意識の塊のような綾希とは逆に、眞実は周囲に対する警戒心が薄く、よく言えば素直、悪く言えば隙の多そうな少女だった。あるきっかけで親しくなった綾希と眞実は、信用できる人間などひとりもいないグリーンヴィラの中で、少しずつ絆を深めていく。

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まず、このふたりの少女を取り巻く環境の描写が圧巻だ。シェアハウス内の疑似家族の禍々しさ。放置される病人。綾希に控えめな好意を寄せていた気弱な少年が、次第に壊れていく様子。体に悪いと承知で安くカロリー摂取できる食べ物を選び、その一方で保険証がないから風邪だけはひかないように気をつける貧困のリアル。直接描かれているわけでもないのに、グリーンヴィラの饐えた臭いや澱んだ空気が行間から立ちのぼる。(解説より)

途中、おそろしく “エグい“ 描写に、胸が悪くなるかもしれません。そうとは知らず、頑張ったのに、集団リンチの果てに命を落とした少女がいます。彼女の、どこが悪かったのか? 救いの手を差し伸べる人は、本当にいなかったのでしょうか。

歩く道が完全に分かれてしまったふたりが、お互いに気づかないまま接触する場面がある。また、ふたりのその日が交互に綴られる場面がある。凄まじい対比に震えた。櫛木理宇の筆は容赦ない。(同解説より)

この本を読んでみてください係数 85/100

◆櫛木 理宇
1972年新潟県生まれ。
大学卒業後、アパレルメーカー、建設会社などの勤務を経て、執筆活動を開始する。

作品 「ホーンテッド・キャンパス」「赤と白」「侵蝕 壊される家族の記録」「死刑にいたる病」「ぬるくゆるやかに流れる黒い川」「氷の致死量」「執着者」他多数

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