『マークスの山』(高村薫)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2015/06/15 『マークスの山』(高村薫), 作家別(た行), 書評(ま行), 高村薫

『マークスの山』高村 薫  早川書房 1993年3月31日初版 @1,800

高村薫が好きである。

 

この作品で高村女史は直木賞を受賞しています。

当時の言い方ならこの小説は推理サスペンス小説で且つそれまでになかった本格的警察小説ということになります。

推理小説のジャンルから直木賞受賞作が出ることはまず考えられなかった時代に、しかもと言うと大変失礼ですが、書いたのが女性だったことも大いに驚きでした。

ただ読み始めるとすぐに分かるのですが、従来の推理サスペンス小説の枠組みには到底収まらない重厚な人間ドラマが描かれていて引き込まれます。

物語は冬の南アルプスを舞台に起こったある出来事とその16年後に東京で発生した連続殺人事件を結んで、殺人者「マークス」を炙り出していくというストーリーなのですが、いざ読んでみると、骨太で、高村薫という人は実は男ではないかと思うくらい「女らしくない」書き様です。

描写はことごとく微に入り細を穿っています。

妥協がなく、まだ書くかというくらい徹底的に書き込んであります。

女史の書いたものに対する書評のなかで最も頻繁に評価に挙がる点は、徹底した取材に裏打ちされた細部の真実性と緻密な構成力なのです。

それは真に圧倒的です。

そして、この作品には警視庁捜査第一課七係の合田雄一郎という実に男くさい刑事が登場します。

寡黙で妥協せず、事件の核となる真理に拘るインテリの現場刑事です。

ひと目を気にせず、仕事中はいつも白い布地のズックで通します。

スーツに白いズックはいかにも野暮ったいのですが、小説のなかの合田刑事だと何やらそれすらかっこよく思えるのは私だけではないでしょう。

『マークス』以後合田刑事シリーズは続いていくのですが、いつも期待を裏切ることなく、その「硬質なロマンチシズム」は不変なのです。実に私好みの人物なのです。

 

余談

3月に初版が出て7月にはもう14版が発行されています。

その14版で私はこの小説と出会いましたが、実はその5年後に発行されたものがもう一冊本棚にはあります。

同じ本が二冊ある経緯は不明です、がそんなことはどうでもよいのです。

1998年8月に発行されているこの本はそのとき、なな、なんと75版だったのです。

75版ですよ! ちょっと読まずにはおれんでしょう。

 

◆この本を読んでみてください係数  95/100


マークスの山 (ハヤカワ・ミステリワールド)
◆高村 薫

1953年大阪市東住吉区生まれ、吹田市に在住。

同志社高等学校から国際基督教大学(ICU)へ進学、専攻はフランス文学。

作品は多岐にわたり全ては記せませんので、大好きな合田雄一郎刑事シリーズのみご紹介しておきます。

「マークスの山」「照柿」「レディ・ジョーカー」「太陽を曳く馬」「冷血」

関連記事

『愛されなくても別に』(武田綾乃)_書評という名の読書感想文

『愛されなくても別に』武田 綾乃 講談社文庫 2023年7月14日第1刷発行 “幸

記事を読む

『煩悩の子』(大道珠貴)_書評という名の読書感想文

『煩悩の子』大道 珠貴 双葉文庫 2017年5月14日第一刷 桐生極(きわみ)は小学五年生。いつも

記事を読む

『琥珀の夏』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『琥珀の夏』辻村 深月 文春文庫 2023年9月10日第1刷 見つかったのは、ミカ

記事を読む

『からまる』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『からまる』千早 茜 角川文庫 2014年1月25日初版 地方公務員の武生がアパートの前で偶然知り

記事を読む

『まつらひ』(村山由佳)_書評という名の読書感想文

『まつらひ』村山 由佳 文春文庫 2022年2月10日第1刷 神々を祭らふこの夜、

記事を読む

『雪の鉄樹』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『雪の鉄樹』遠田 潤子 光文社文庫 2016年4月20日初版 母は失踪。女の出入りが激しい「たらし

記事を読む

『万引き家族』(是枝裕和)_書評という名の読書感想文

『万引き家族』是枝 裕和 宝島社 2018年6月11日第一刷 「犯罪」 でしか つな

記事を読む

『真夜中のメンター/死を忘れるなかれ』(北川恵海)_書評という名の読書感想文

『真夜中のメンター/死を忘れるなかれ』北川 恵海 実業之日本社文庫 2021年10月15日初版第1

記事を読む

『指の骨』(高橋弘希)_書評という名の読書感想文

『指の骨』高橋 弘希 新潮文庫 2017年8月1日発行 太平洋戦争中、激戦地となった南洋の島で、野

記事を読む

『もっと悪い妻』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『もっと悪い妻』桐野 夏生 文藝春秋 2023年6月30日第1刷発行 「悪い妻」

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑