『君が異端だった頃』(島田雅彦)_書評という名の読書感想文
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『君が異端だった頃』(島田雅彦), 作家別(さ行), 島田雅彦, 書評(か行)
『君が異端だった頃』島田 雅彦 集英社文庫 2022年8月25日 第
“愚行、恥辱、過失“ を赤裸々にさらけ出す! 島田雅彦の青春 “私“ 小説

1983年、鮮烈な作家デビューを果たし、「文壇の貴公子」 と注目を浴びた 〈君〉。デビュー作でいきなり芥川賞の候補になるも落選。以後、5度も候補になっては落選し続けた。そして、昭和の文豪たちに振り回される日々が始まり - 。デビュー40年を迎える著者が孤独な幼年期や若き日の煩悶、文豪たちとの愛憎劇や禁断の女性関係までを赤裸々に描く、自伝的青春私小説。第71回読売文学賞小説賞受賞作。(集英社文庫)
島田雅彦という名前は知っていました。『優しいサヨクのための嬉遊曲』 という本も、そういえば何度か読もうとしたことがあったような、なかったような。優男のイケメン風で、ちょっと気取ったところが鼻につき、(当時は)とっつきにくかったのを覚えています。
この本はほんの出来心で買いました。読んだ印象は、とにかく 「多動」 な人という感じ。エネルギッシュで能動的で、世界のどこへ行っても物怖じしない。怯まない。どんどん分け入っていく。(関係あるかどうかはわかりませんが) 著者は、東京外国語大学ロシア語学科を卒業しています。
第71回読売文学賞 (小説賞) を受賞した島田雅彦氏の新刊、『君が異端だった頃』 (集英社) は、デビューから36年を経て現在は芥川賞の選考委員も務める著者の若かりし頃を大胆に描いた私小説だ。多摩丘陵の麓で過ごした好奇心旺盛な少年時代から、ロシア語漬けだった大学時代の自己変革、作家デビューを果たした後の文豪たちとの交流、秘められた女性関係まで、語り手である著者が、かつての自分に “君“ という2人称で呼びかけるかたちで綴られる。
前半の第一部と第二部は、幼少期から大学生に至るまでの話。著者の後の人格や性向のおおよそは、おそらくこの時期に形成されたのでしょう。まだ何者でもない時期で、誰にも似た経験があるやなしやで、楽しくかつ懐かしく読みました。自信家で目立ちたがり屋ではあったのでしょうが、それもこれも根が優秀な故で、本人が言うほどには異端でも変人でもありません。何かにつけ興味を持ち、持つと途中で止められなくなってしまう。そんな性分だったのではないかと思います。
続く第三部と第四部で多くのページを割いて語られるのは、当時既に文豪と呼ばれていた先輩作家諸氏とのやりとりで、中で特筆すべきは、著者と中上健次氏との (ある種特別な) 関係です。若くして亡くなるまでの中上氏と著者との関係は、必ずしも良好と言えるものではなかったようで、一方的で高圧的な中上氏のもの言いに、ひたすら著者は耐え忍んでいたのでした。作家として認めてもらえていないとばかり思っていたのですが、実はそうではなくて、その歪なやりとりこそが、著者に向けた中上氏の深い愛情だったと知る時が訪れるのでした。
- そして当時の文壇に生きた、大江健三郎、安部公房、古井由吉、埴谷雄高、後藤明生といった文豪たちの豪快で生々しいエピソードの数々も読みどころのひとつ。なかでも “君“ を庇護していたかと思えば 「島田を殴る」 と公言し、“これはオレ流の愛だ“ という理不尽さを見せつける中上健次の怪物めいた存在感は、その別れの哀切も含めて強烈な印象を残す。著者の文豪たちへの敬意を感じさせる往年の文壇シーンのリアルな “証言“ は、日本文学ファンなら興味がつきないだろう。
そして、芥川賞6回落選という憂き目に遭った鬱屈の結果、逃げるように向かったニューヨーク遊学中に出会ったアメリカ人女性との不義の愛、その泥沼の顛末、無様な修羅場も隠さず描かれていく。“恥を上塗りする人生“ を直視して、そこから逃げずにすべてをさらけ出すことに、私小説を書く意味を見出しているのだろう。そして、その物語は豪快で疾走感に溢れ、実にエネルギッシュだ。“時効“ が訪れたら、ぜひ続きを書いてほしいと思わされた。(ダ・ヴィンチwebより/文=橋富政彦)
※中上健次が亡くなったのは、1992年8月12日のことでした。享年46歳。あまりに若い死です。その一ヵ月前、彼と入れ替わるようにして著者に長男が誕生します。「彌六」 と命名されたそうです。

◆島田 雅彦
1961年東京都生まれ。
東京外国語大学ロシア語学科卒業。
作品 「優しいサヨクのための嬉遊曲」「夢遊王国のための音楽」「彼岸先生」「退廃姉妹」「虚人の星」他多数
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