『少女架刑 吉村昭自選初期短篇集Ⅰ』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『少女架刑 吉村昭自選初期短篇集Ⅰ』吉村 昭 中公文庫 2024年8月30日 5刷発行

徹底した取材と綿密な調査に基づく重厚な歴史小説で知られる作家・吉村昭。その文学的出発点を示す自選初期短篇集 (全二巻)。第Ⅰ巻には表題作のほか、三島由紀夫が激賞した 「死体」、初の芥川賞候補作 「鉄橋」 など、一九五二年から六〇年までの七編を収める。巻末エッセイ 「遠い道程」 を付す。(中公文庫)

◎目次

死 体
青い骨
さよと僕たち
鉄 橋
服喪の夏
少女架刑
星と葬礼

「少女架刑」

わずか16歳で亡くなった少女の遺体は、貧しさゆえ 「献体」 として病院が引き取り、解剖されることになります。

病院での全ての作業が終了し、その後、焼かれて骨になった少女は普通家に戻されるのですが、彼女はそれも叶いません。母親が僅かばかりの謝礼に腹を立て、あげく遺骨の引き取りを断ったのでした。

しばらくして、男たちは私の股を開いて大腿部の血管をメスで掘り出すと、そこから多量のホルマリン液を注入した。それが終わると、私の体を白い布で露出部のないほど厳重につつみ、黒いゴム張りのシートをかぶせた。(以下略)

私は白布につつまれたまま横たわっていた。自分の体が、奇妙に軽くなったように思えてならなかった。胸から腹部へかけて、私は隙間風の吹き抜けるのに似た冷えびえした感覚に襲われていた。

女としての臓器や、重要な内臓を取りのぞかれた私の体は、どんな意味をもっているのだろうか。母の受け取った紙包みが、こうしたことを代償とするものだとは全く想像もしていなかった。自分の体の臓器や皮膚がいくばくかの金銭と引きかえに取りのぞかれたということが、私には奇異なことに思えてならなかった。

妙にうつろな気分であった。白布につつまれた私は、自分の体の使命がこれで完全に終わったにちがいないと思った。森閑とした安らぎが、私の体の中に霧の湧くようにひろがってゆくのを感じた。

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私の体は、二人の係員のゴム手袋で前後を持たれ、一坪ほどのコンクリート造りの槽の中に入れられた。節約しているためかアルコール液はごくわずかで、表面には茶色い死体がむき出しに重なり合い、その上から粗末な毛布がかけられていた。

係員は、死体を幾つか横にずらせて、私の体を液のたまりの中に押し込み、毛布をかけて木の蓋をしめた。

私は、液の中に俯伏せになって、口を開いた老婆の顔と顔を密着させていた。顎の所にだれの爪か、白けた爪が突き立ってあたっている。

私の体の役目は、まだ終わらないのか・・・・・・・。私は、自分の体が薄茶色をおびはじめ、アルコール液が脳のない頭部にも開腹された腹部にも、そして口や鼻の中にも深く浸みてゆくのを感じながら、なんとなく落ち着かない時を過していた。(本文 P240.243~244 より)

少女は生前 (どこか遠慮気味ではありましたが) 母を敬ってさえいました。自分が母に似ていることに当惑し、分に過ぎた僭越なこととさえ感じていました。病気になったことも、遺体を病院に差し出されたことも、何ひとつ恨んではいません。少女はただ淡々と自分の死を受け入れ、受け止めようとしています。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆吉村 昭 1927年東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。2006年没。

作品 1966年 『星への旅』 で太宰治賞を受賞。同年発表の 『戦艦武蔵』 で記録文学に新境地を拓き、同作品や 『関東大震災』などにより、’73年菊池寛賞を受賞。主な作品に 『ふぉん・しいほるとの娘』 (吉川英治文学賞)、『冷い夏、熱い夏』 (毎日芸術賞)、『破獄』 (読売文学賞、芸術選奨文部大臣賞)、『天狗争乱』 (大佛次郎賞) 等がある。

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