『ミーツ・ザ・ワールド』(金原ひとみ)_書評という名の読書感想文
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『ミーツ・ザ・ワールド』(金原ひとみ), 作家別(か行), 書評(ま行), 金原ひとみ
『ミーツ・ザ・ワールド』金原 ひとみ 集英社文庫 2025年1月30日 第1刷
死にたいキャバ嬢と推したい腐女子 二人の出会いが新たな世界の扉を開く。実写映画化決定!

焼肉擬人化漫画をこよなく愛する腐女子の由嘉里。恋愛経験ゼロで、人生二度目の合コンも失敗した帰り、新宿歌舞伎町で美しいキャバ嬢・ライと出会う。「私はこの世界から消えなきゃいけない」 と語るライに、「生きてなきゃだめです」 と詰め寄る由嘉里。正反対の二人は一緒に暮らすことになって - 。世間の常識を軽やかに飛び越え、新たな世界の扉を開く傑作長編。第35回柴田錬三郎賞受賞作。(集英社文庫)
(この小説のためだけに) 著者がでっち上げたのでしょうか - 焼肉擬人化漫画などというものは、見たことも聞いたこともありません。肉を部位ごとにキャラ分けし、ある部位のファンになる、って何ですか? 意味がわかりません。
腐女子とは、どんな女子のことをいうのでしょう? それもわかりません。この小説の主人公・由嘉里と出会ったおかげで、やっと (腐女子が何たるかを) 知ることができました。由嘉里は案外饒舌で、ツッコミもしますし、思うほど暗くありません。ただ、人と直接触れ合うことには躊躇いがあり、二十七歳の今に至るまで恋愛経験が一度もないという、やや “イタい“ 性格の持ち主でした。
『ミーツ・ザ・ワールド』 以前の金原さんならきっと、鹿野ライの一人称で小説を書いただろう。鹿野ライは自身のことを 「消えているのが私の本当の姿」 だと言い 「もうすぐ死ぬ」 つもりでいる歌舞伎町のキャバ嬢である。
ライが道端で助けたのが三ツ橋由嘉里という実家暮らしの銀行員の腐女子だ。この小説は由嘉里の一人称で書かれている。ライに死なないでほしいと半ば無邪気に願わずにはいられない、希死念慮への理解に断絶がある由嘉里が主人公なのだ。
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由嘉里はライと出会うまでの人生において、恋愛の経験もなく、「ミート・イズ・マイン」 をはじめとするアニメや漫画の世界に没頭してきた。そんな由嘉里が自分の世界を飛び出した場所で出会ったのがライやアサヒだ。
今まで出会うはずのなかった存在。作中でアサヒが 「俺もいわば二・五次元の男だから」 と言うように、彼らはホストクラブやキャバクラで時にベールを被って客の望む人物像を演じるフィクショナルな存在でもあった。偏見を持たれやすい職業の彼らが、個人としてこれまでを生きてきて今を生きている様を目の当たりにすることによって、由嘉里は自身のステレオタイプを崩されていく。
終盤で由嘉里は、ついにいなくなってしまったライを振り返って、「もともと、二・五次元みたいな人でした」 「ライさんを見てる時、テレビを見てるみたいだった」 と言う。ライに惹かれたのは、その浮世離れした美しさ、さらに人間離れした執着のなさに心を奪われてしまったからだ。
こうして由嘉里は段階を踏むかのように二次元から二・五次元性のある存在との出会いを経て、“生身の人間“ と対峙することになる。
自分にとって大切な人間が、理解のできない、ケアの及ばない世界を心に抱えている。さらにその世界は苦しみに満ちたもののように見える。何もしてあげられない無力な現実に打ちのめされながらも、大事にしたい他者とどう向き合って生きていくのか、どこまでも自分ではない相手のために何かしてあげることはできるのか。この命題を自分の言葉で模索することによって、閉じこもっていたシェルターから生身の人間のいる場所へと飛び出していく。人はそれぞれ、自分の世界を生きている。これは、由嘉里が初めて他人の世界を知り、さらに己の人生と出会い直す、そんな物語なのだ。(解説より by ゆっきゅん)
※ライと同居することになった以後、由嘉里が出会う人物は、それまでの彼女の人生では関わることがなかった種類の人たちでした。歌舞伎町で暮らす彼らのノリは基本天衣無縫で、知らず知らずのうちに、由嘉里もその正直で明け透けな空気に馴染んでいきます。構えず隠さず、ありのままに、自分の思いがさらけ出せるようになっていきます。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆金原 ひとみ
1983年東京都生まれ。パリ在住。文化学院高等課程中退。小学4年生で不登校になり、中学、高校にはほとんど通っていない。小学6年のとき、父親の留学に伴い、1年間サンフランシスコで暮らす。
作品 「蛇にピアス」「アッシュベイビー」「オートフィクション」「ハイドラ」「星へ落ちる」「TRIP TRAP」「マザーズ」「憂鬱たち」「アンソーシャル ディスタンス」他多数
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