『求めよ、さらば』(奥田亜希子)_書評という名の読書感想文

『求めよ、さらば』奥田 亜希子 角川文庫 2025年1月25日 初版発行

その愛は本物ですか? 最愛の人を得るためなら、惚れ薬を使いますか?

完璧な夫が突然失踪 - 残された手紙には懺悔が綴られていた 第2回 本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞受賞作

辻原志織は34歳。寡黙だが優しい夫・誠太との安寧で幸せな日々に足りないのは、子どもだけだ。妊娠できないことに追い詰められていく志織を献身的に支える誠太だったが、ある日突然、志織の前から姿を消してしまう。残された手紙には、過去のとある行為への懺悔が書かれていた - 。「本当の愛」 を巡る夫婦の行く末は? 最愛の相手をあなたはどこまで信じ、許せますか? (角川文庫)

タイトルの 「求めよ、さらば」のあとに続く言葉は 「与えられん」。わざと 「さらば」 で切られているのは、きっと意味があるにちがいありません。

求めよ、さらば与えられん - 新約聖書の一節であるこの言葉の意味を、あなたは正しく理解しているでしょうか。読むと、「なるほど、そういうことか」 と深く頷くかもしれません。「いやいや、そうはいっても」 と、すぐには認められないかもしれません。いずれにせよ、これは今どき珍しい、極めて真っ当な 「大人のための」 恋愛小説です。

(物語は) 三つの章から構成されていて、語り手が志織、誠太、志織、と変化していく。一章を読んでいくうちに、志織と誠太が夫婦であること、彼らのあいだに子どもはおらず不妊治療をしていること、などがわかる。なるほど、二人の関係性が不妊治療によって変わっていくのかもしれない、あるいは子どもができるのかもしれない、などとうっすら想像していると、一章のラストで状況が一変するのだ。

二章以降では、誠太に対しての印象も違ったものとなる。驚きと同時に、でもそういうものなのかもしれない、と納得する気持ちも浮かび上がった。

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どちらかが意図的に嘘をつくというわけではなくても、立場や、抱いている感情によって、物事の受け止め方はまるで変わる。一章を読んだ時点で誠太に抱いていたイメージは、間違いだったのではなく、一角に過ぎなかったのだと理解する。

二章における過去の誠太の行動を、少し怖い、と感じつつも、かつての自分にもこうした衝動があったことや、実際に衝動を行動にうつした経験があったことを思う (し、猛烈な恥ずかしさがよみがえったりもする)。

恋愛は綺麗なものだけで構成されてはいない。時に怖さだって含む。紙一重であるのも少なくない。それが過剰ではなくリアルに描かれている。かつて登録したことのある人ならば、多かれ少なかれ、関連して封印したくなる記憶も存在するであろう、mixi の描写も絶妙だった (彼らと同じく、主に大学時代に mixi を利用していたわたしにも、もちろん封印したい記憶が大量にある)。(解説より)

以上の解説で、内容を具体的に想像するのは無理でしょう。しかし、安心してください。話の進行そのものは比較的シンプルでわかりやすいのですが、著者が書きたかったのは、おそらくそこではありません。

解説中に 「気持ちはたいていグラデーションだ」 という文章があります。特に恋愛における互いの感情は行ったり来たりで、一筋縄ではいきません。時にこんがらがって始末に負えなくなるような、喜んだり悲しんだり、寂しかったり狂おしく嫉妬したりするような - そんな言葉にできないあれやこれやの感情や二人のやり取りが、余すところなく綴られています。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆奥田 亜希子
1983年愛知県生まれ。
愛知大学文学部哲学科卒業。

作品 2013年、第37回すばる文学賞を 『左目に映る星』 で受賞しデビュー。22年、本書 『求めよ、さらば』 で第2回 「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」 を受賞。他の著書に 『透明人間は204号室の夢を見る』 『ファミリー・レス』 『リバース&リバース』 『青春のジョーカー』 『彼方のアイドル』 『白野真澄はしょうがない』 『夏鳥たちのとまり木』 『ポップ・ラッキー・ポトラッチ』 などがある。

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