『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎)_書評という名の読書感想文

『君たちはどう生きるか』吉野 源三郎 岩波文庫 2023年7月5日 第97刷発行

いじめ、勇気、差別、学問 - 人間として大切なことを問い続ける永遠の名作!

君自身が心から感じたことや、しみじみと心を動かされたことを、くれぐれも大切にしなくてはいけない。

著者がコペル君の精神的成長に託して語り伝えようとしたものは何か。それは、人生いかに行くべきかと問うとき、常にその問いが社会科学的認識とは何かという問題と切り離すことなく問われねばならぬ、というメッセージであった。著者の没後追悼の意をこめて書かれた 「『君たちはどう生きるか』 をめぐる回想」 (丸山真男) を付載。(岩波文庫)

大分大学講師の垣田裕介氏が書いたこんな文章を見つけました。そこには、

本書は、中学生コペル君を主人公として、人生をどう生きるか という問いを社会科学的認識のあり方と結び付けて書かれた物語です。人生読本かつ社会科学入門書として、これまで私が周囲に薦めてきた一冊です。」 とあります。

「人生読本」 はまあいいにして、社会科学的認識・・・・・とは何なのでしょう? 「少年のための倫理の本」 が、なぜ 「社会科学的認識」 と結び付くのでょう? そしてそれは (中学二年生の) 少年に理解できるのでしょうか。

43ページある四番目の 「貧しき友」 と題した話の後半、コペル君が懇意にしている叔父さん (コペル君の母親の実の弟で法学士。この人が少年にコペル君とあだ名を付けました) が、密かに彼に向けてノートに綴った文章の中から、ほんの一部を抜き出したものです。とりあえず、それを読んでみてください。

人間であるからには - 貧乏ということについて

コペル君。
君が浦川君のために、いろいろ親切にしてあげたことは、たいへんいいことだった。ふだん学校で仲間はずれにされてばかりいる浦川君は、思いがけない君の好意に出会って、どんなにうれしかったろう。君にしたって、自分の好意が、一人の貧しい孤独な友人を、あれほど喜ばせることが出来たかと思えば、さぞいい心持だったろうと思う。

それに、みんなから馬鹿にされいる浦川君の中に、どうして馬鹿に出来るどころか、尊敬せずにはいられない美しい心根や、やさしい気持のあることを知ったのは、君にとって、本当によい経験だった。

僕は君の話を聞いている間、君のしたことにも、君の話しっぷりにも、自分を浦川君より一段高いところに置いているような、思いあがった風が少しもないのに、実はたいへん感心していたんだが、それは、君と浦川君と、二人が二人とも、素直なよい性質をもっていたからなんだろう。(中略) とりわけ、君が、浦川君のうちの貧乏だということに対して、微塵も侮る心持をもっていないということは、僕には、どんなにうれしいか知れない。

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そりゃあ、理屈をいえば、貧乏だからといって、何も引け目を感じなくてもいいはずだ。人間の本当の値打は、いうまでもなく、その人の着物や住居や食物にあるわけじゃない。どんなに立派な着物を着、豪勢な邸に住んで見たところで、馬鹿な奴は馬鹿な奴、下等な人間は下等な人間で、人間としての値打がそのためにあがりはしないし、高潔な心をもち、立派な見識を持っている人なら、たとえ貧乏していたってやっぱり尊敬すべき偉い人だ。だから、自分の人間としての値打に本当の自信をもっている人だったら、境遇がちっとやそっとどうなっても、ちゃんと落ち着いて生きていられるはずなんだ。僕たちも、人間であるからには、たとえ貧しくともそのために自分をつまらない人間と考えたりしないように、- また、たとえ豊かな暮らしをしたからといって、それで自分を何か偉いもののように考えたりしないように、いつでも、自分の人間としての値打にしっかりと目をつけて生きてゆかなければいけない。貧しいことに引け目を感じるようなうちは、まだまだ人間としてダメなんだ。

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浦川君はまだ年がいかないけれど、この世の中で、ものを生み出す人の側に、もう立派にはいっているじゃあないか。浦川君の洋服に油揚のにおいがしみこんでいることは、浦川君の誇りにはなっても、決して恥になることじゃない。

こういうと、君は、現在消費ばかりしていて何も生産しないことを、非難されているような気がするかも知れないが、僕は決してそんなつもりではない。君たちはまだ中学生で、世の中に立つ前の準備中の人なのだから、今のところ、それでちっとも構やしないんだ。- ただ、君たちは目下消費専門家なんだから、その分際だけは守らなくてはいけない。君たちとしては、浦川君が、たとえ境遇上やむを得ないからとはいえ、立派にうちの稼業に一役受けもち、いやな顔をしないで働いていることに対して、つつましい尊敬をもつのが本当なんだ。仮にもそれを馬鹿にするなどということは君たちの分際では、身のほどを知らない、大間違いだ。(「おじさんのノート」 より)

※ここまでなら大丈夫。(少年でも) 読んで理解できます。ところがまだまだ続きがありまして、話は経済学や法学、政治学などの分野にまで及びます。

今はまだ気付きもしませんが、浦川君との出会いは、コペル君にとって、実に大きな意味を持つものでした。それが = 「社会科学的認識とは何か」 という問題と深く関わっているということで、叔父さんがわざわざノートに残してまで、将来の、大人になったコペル君に託そうとしたものでした。(叔父さんの書く文章が段々と小難しくなっていくのは、そんな理由からです)

この本を読んでみてください係数 85/100

◆吉野 源三郎 1899年東京府 (現・東京都) 生まれ。東京帝国大学文学部哲学科卒業。1981年没。享年82歳。

大学卒業後、思い立って陸軍に入隊。除隊後、東京大学図書館に就職。1935年、山本有三の 「日本少国民文庫」 編集主任に就任。1937年には明治大学講師に就任。この年、『君たちはどう生きるか』 を刊行し、岩波書店に入社。1938年、岩波新書を創刊。1946年、雑誌 『世界』 を創刊し、初代編集長に就任。1949年に岩波書店取締役、翌年に岩波書店常務取締役、1965年に岩波書店編集顧問に就任した。

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