『教誨師』 (堀川惠子)_書評という名の読書感想文
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『教誨師』(堀川惠子), 作家別(は行), 堀川惠子, 書評(か行)
『教誨師』 堀川 惠子 講談社文庫 2025年2月10日 第8刷発行
おすすめ文庫王国2019 (本の雑誌社) ノンフィクション・ジャンル第1位

半世紀にわたり、死刑囚と対話を重ねたある僧侶の告白
50年もの間、死刑囚と対話を重ね、死刑執行に立ち合い続けた教誨師・渡邉普相。「わしが死んでから世に出して下さいの」 という約束のもと、初めて語られた死刑の現場とは? 死刑制度が持つ矛盾と苦しみを一身に背負って生きた僧侶の人生を通して、死刑の内実を描いた問題作! 第1回城山三郎賞受賞。(講談社文庫)
ひょんなことから、気鋭のノンフィクション作家・堀川惠子氏のことを知りました。夫の死を記録した新刊 『透析を止めた日』 を読んだ印象が強烈で、とりあえず文庫で出ている既刊の中からこの本を選びました。徹底した取材に裏打ちされた文章は、事の重さ・暗さを凌駕して、読者に余りある感動をもたらします。こんな作家に出会えたことを、心から感謝したいと思います。
(文庫の) 帯に、
本書の圧巻の記述は、渡邉が死刑の執行に立ち会う場面が詳細に書かれているページである。読み終わって、私は身震いした。よくぞ真実を描いてくれたという感動とともに。(加賀乙彦/作家・精神科医)
とあります。(同じところで) 私は二度泣きました。感動したからではありません。胸が潰れて張り裂けそうで、いっぱいっぱいになったからです。
処刑の際の現場の様子を、これでもかというほどリアルに知りました。刑務官や教誨師の他にも、何人もの関係者がその場にいることも。現場で立ち会うすべての人は、足が竦んで言葉も出ずに、忘れたくても忘れられない光景に、(おそらく終生) 悶え苦しむことになります。
半世紀にわたる死刑囚教誨、そして、死刑制度が持つ苦しみと矛盾を一身に背負って生きた人生。心の奥底から絞り出された言葉は、いずれ必ず自らの 「死」 に向き合うことになる私たちひとりひとりに投げかけられた問いへと重なっていく。
「死刑」 とは、一体何なのか - 。僧侶が遺した言の葉を積み重ね、空白のままの教誨の歴史に新しい足跡を刻むためにも、長く秘められてきた事実を浮き彫りにしていきたいと思う。
これから記すのは、ひとりの僧侶の目に映った 「生と死」 である。
拘置所という施設は、被告人が裁判の判決が確定するまでの間に勾留される場所だ。ほとんどの者は実刑判決確定後、すぐに刑務所へと送られる。しかし、「死刑」 判決を受けた者だけは処遇が異なる。彼らは死刑執行の日まで、そのまま拘置所に留め置かれる。死刑判決が確定すると、死刑囚は面会や手紙など外部とのやりとりを厳しく制限され、死刑が執行されるまでの日々のほとんどを拘置所の独房でひとり過ごす。教誨師は、そんな死刑囚たちと唯一、自由に面会することを許された民間人だ。
間近に処刑される運命を背負った死刑囚と対話を重ね、最後はその死刑執行の現場にも立ち会うという役回り。それも一銭の報酬も支払われないボランティアだという。渡邉ほど長いキャリアを持つ死刑囚の教誨師は全国どこを探しても見当たらないし、恐らく今後も現れないだろう。理由は、その任務の過酷さである。身体よりも心がもたなくなる者が多いという。
そんな務めをなぜ半世紀も続けているのか、いや続けることが出来たのか。
死刑囚との面接、そして死刑執行の現場という社会から完全に隔絶された空間で、彼がその目で見てきたこと、宗教者としてやってきたこと、そして半世紀を経て自身の職務についてどう考えているのか、本音を聞いてみたいと思った。(本文より)
※ひとりの死刑囚を “逝かせる“ ために、直接処刑に関わる人間がどれだけいるか、想像したことがありますか? 中で死刑囚の心の支えになるのが、教誨師だけだということも。命の終わりに、どんな言葉をかければよいのでしょう。処刑の間際、ベテランの教誨師・渡邉普相でさえ胸が震えて何も言えなかった、そんな死刑囚がいたそうです。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆堀川 惠子 1969年広島県三原市生まれ。広島大学総合科学部卒業。ノンフィクション作家。
『チンチン電車と女学生』 (小笠原信之氏と共著) を皮切りに、ノンフィクション作品を次々と発表。『死刑の基準 - 「永山裁判」 が遺したもの』 で第32回講談社ノンフィクション賞、『裁かれた命 - 死刑囚から届いた手紙』 で第10回新潮ドキュメント賞、『永山則夫 - 封印された鑑定記録』 で第4回いける本大賞、『原爆供養塔 - 忘れられた遺骨の70年』 で第47回大宅壮一ノンフィクション賞、『戦禍に生きた演劇人たち - 演出家・八田元夫と 「桜隊」 の悲劇』 で第23回AICT演劇評論賞、『狼の義 - 新 犬養木堂伝』 (林新氏と共著) で第23回司馬遼太郎賞、『暁の宇品 - 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』 で第48回大佛次郎賞を受賞。最新刊 『透析を止めた日』。
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