『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』 (堀川惠子)_書評という名の読書感想文
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『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』 (堀川惠子), 作家別(は行), 堀川惠子, 書評(あ行)
『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』 堀川 惠子 講談社文庫 2024年7月12日 第1刷発行
第48回大佛次郎賞受賞の傑作ノンフィクション

陸軍兵士の海上輸送という、日本軍事史上最も重要で、最も未解明の問題に光を当てた素晴らしい本だ。 (東京大学名誉教授 北岡伸一)
人類初の原子爆弾は、なぜ “ヒロシマ“ に投下されなくてはならなかったのか。日清戦争から始まり満州事変、日中戦争、太平洋戦争に至るわが国の近代戦争の中枢にあった、旧日本軍最大の輸送基地・宇品。その司令官たちとヒロシマが背負った 「宿命」 とは何だったのか。第48回大佛次郎賞受賞の傑作ノンフィクション。(講談社文庫)
巻末に掲載された膨大な参考文献に目を奪われました。多少は知ったつもりでいましたが、実は私は何ほども知らなかったのだと思います。知っていたのは上っ面ばかりで、それで十分と、それより先は知ろうともしなかったのだと。
日本が世界中を巻き込んで起こしたあのあまりに愚かな戦争のことを、今更に知りたいと思いました。無策ゆえ犠牲となった何万人もの人のことを。明かされてこなかった史実の詳細を。こんなことのために、一部の人間の言いなりになって、多くの人の命が無駄になったことを。
当時の高級官僚や上級軍人たちの、いかばかりか無責任な言動に無性に腹が立ちました。一国の将来を根こそぎ失いかねない局面にありながら、(なかばそれを知りつつ) 尚強引に作戦を履行せよと迫る彼らの心臓は、鉄か石ででもできていたのでしょうか。諾々と従うしかない部下たちの葛藤と、死ぬことを前提に外地へ送られた何万人もの人の忠誠は、結局報われることなく終戦を迎えます。
二〇二一年、太平洋戦争開戦から八〇年の節目を迎えた。陸軍船舶司令部について、当時を語ることのできる生存者は、もはやひとりもいない。当事者の証言を取材の柱とできる時代は完全に終わった。八〇年という歳月はそれほどの長さである。
本書は、宇品に生きた三人の軍人が残した未公開資料などを発掘、分析し、知られざる宇品五十有余年の変遷をよみがえらせる。
そこには陸上の部隊であるはずの陸軍が海洋で船舶を操るという、世界に例を見ない足跡が見えてくる。名も無き技術者たちが、この国の貧弱な船舶輸送体制の近代化に奔走した。先人たちが苦悩の末に宇品に集約させた、島国としてもっとも重要な兵站機能はやがて軍中枢で軽視されてゆく。※兵站:戦争において作戦部隊の移動と支援を計画・実行する活動。
誰よりもこの国の船舶事情を知り尽くし、開戦に反対して罷免された軍人がいた。自ら開戦決定の歯車となり、破綻する輸送現場に立ち尽くす参謀がいた。そして敗戦を確信し、海ではなく原子野に立つことを選んだ司令官がいた。彼らの存在が、そして軍港宇品の記憶が、あまりに早く忘却の彼方に追いやられてしまったのは、世界で最初の被爆地となったヒロシマの宿命でもあった。(序章より)
この本に出合わなければ、およそ知ることのなかった史実が縷々書いてあります。原爆より先に、広島には語るべき場所と、そこに関わる少なからぬ人の物語がありました。原爆投下のはるか以前、
「その広島でもっとも繁忙を極めた場所が、瀬戸内海の沿岸にあった。大本営が陣取る市内中心部から南に四キロ離れた埋め立て地、宇品だ。宇品港は毎日のように輸送船を吐き出し、吸い込んでいた。兵隊のみならず、近代史に名を刻む明治の武人たちがこの港を玄関に戦地を往来。宇品はまさに物流と情報の中心地であった。
それから五〇年の後、広島は本当の戦場になった。」(本文より)
膨大な文献や資料に裏打ちされた、知られざる広島原爆と宇品の物語。地元出身の著者ならではの熱い思いも伝わって、感涙せずにはいられません。内容はやや学術的かつ専門的で、煩わしく思うところがあるかもしれません。でも、大丈夫。読めば、必ずや (読んで) 良かったと思うはずです。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆堀川 惠子 1969年広島県三原市生まれ。広島大学総合科学部卒業。ノンフィクション作家。
『チンチン電車と女学生』 (小笠原信之氏と共著) を皮切りに、ノンフィクション作品を次々と発表。『死刑の基準 - 「永山裁判」 が遺したもの』 で第32回講談社ノンフィクション賞、『裁かれた命 - 死刑囚から届いた手紙』 で第10回新潮ドキュメント賞、『永山則夫 - 封印された鑑定記録』 で第4回いける本大賞、『教誨師』 で第1回城山三郎賞、『原爆供養塔 - 忘れられた遺骨の70年』 で第47回大宅壮一ノンフィクション賞、『戦禍に生きた演劇人たち - 演出家・八田元夫と 「桜隊」 の悲劇』 で第23回AICT演劇評論賞、『狼の義 - 新 犬養木堂伝』 (林新氏と共著) で第23回司馬遼太郎賞。他に 『透析を止めた日』(最新刊)。
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