『教誨』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文
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『教誨』(柚月裕子), 作家別(や行), 書評(か行), 柚月裕子
『教誨』柚月 裕子 小学館文庫 2025年2月11日 初版第1刷発行
幼女二人を殺めた女性死刑囚、最期の言葉 - 「約束は守ったよ、褒めて」 『盤上の向日葵』 『孤狼の血』 『慈雨』 に連なる柚月ミステリーの新境地!

どうすれば事件は防げたのか。すべての者の鎮魂を願う。 柚月裕子
吉沢香純と母の静江は、遠縁の死刑囚三原響子から身柄引受人に指名され、刑の執行後に東京拘置所で遺骨と遺品を受け取った。響子は我が子を含む女児二人を殺めたとされた。事件当時、「毒親」 と散々に報じられた響子と、香純の記憶は、重なり合わない。香純は、響子の教誨師だった下間将人住職の力添えを受け、遺骨を三原家の墓におさめてもらうために、菩提寺がある青森県相野町を単身訪れる。香純は、響子が最期に遺した言葉 「約束は守ったよ、褒めて」 が気になっていた - 。女性死刑囚の心の裡に迫る、長編犯罪小説! 解説はノンフィクション作家の堀川惠子氏。(小学館文庫)
若干予想はしていたものの、本当にそうだったので驚きました。解説が (あの 『教誨師』 の) 堀川惠子氏だったからです。
きっかけは、2024年 第22回 開高健ノンフィクション賞受賞作 窪田新之助著 『対馬の海に沈む』 を読んだことでした。選考委員の一人だった堀川惠子氏を、この時点で私は全く知りませんでした。氏が書いた受賞作の書評を読み、それをブログに紹介したりしていたら、間を置かず、今度は堀川氏本人が書いた 『透析を止めた日』 というタイトルの新刊が出たことを知りました。
長年に渡り重い腎臓病と闘った末に亡くなった夫と、夫に寄り添い支え続けた堀川氏自身の日々を綴ったノンフィクションでした。これは強烈でした。他の作品もと思い、書店で買ってすぐに読んだのが 『教誨師』 で、これがまた強烈で、私は (終盤で) 二度泣きました。胸がいっぱいっぱいになったからです。
本作 柚月裕子氏の 『教誨』 には、堀川氏の本ほどには 「教誨師」 は登場しません。登場するにはするのですが、思ったほど目立ったものではありません。では、著者は何を以ってタイトルを 「教誨」 としたのか。それを考えねばなりません。
響子が幼いわが子に手を下す殺人の現場は、橋の上に設定されている。物語の中で 「かげろう橋」 という切ない響きで呼ばれる橋だ。
町を背にして、その橋のたもとに立つと、地元で 「津軽富士」 と呼ばれる岩木山が眼前にそびえたつ。岩木山、鍋森山、厳鬼山の三つの峰がギザギザとしたユニークな稜線を描き、力強く、優しくこちらを見下ろしている。
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本作の通奏低音をなすのが、虐待の連鎖である。
虐待とは、殴ったり蹴ったりといった分かりやすい行為だけを指さない。それは日常生活のそこかしこに潜む、ちょっとした暴言や無視、小さな暴力の積み重ねでもある。人生に失敗した父は、そのうっ憤を晴らすかのように娘の響子を平手打ちにする。娘を名前ではなく 「馬鹿」 と呼ぶ。母親は夫を恐れ、周囲の目に脅えて生きている。娘より、自らを守ることを優先させる。愛情と紙一重の響子への異様な過干渉は、響子の人生を縛りあげ、あらゆる不条理に対する 「なぜ」 という問いかけを封印した。
母親の過干渉は家の中だけに留まらない。学校では、響子へのいじめをエスカレートさせる原因となる。そこでも響子は、「なぜ」 を発することができない。誰とも関係を築けぬまま親となり、悲劇への階段を一歩一歩のぼっていく。
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厳しい環境に生まれ育ち、必死で努力を重ねて今をつかんだ人ほど、弱者に冷たい。落ちこぼれてしまうのは、努力が足りないから、自己責任だ、と口をそろえる。だが (略)
頑張るには、エンジンが必要だ。エンジンをかけるには、ガソリンを注がねばならない。ガソリンとは愛情である。誰かに無条件で愛された記憶は、その人が生きるための力となる。誰かに抱きしめられた記憶は、苦境に陥ったとき、その人を支える原動力となる。(解説より)
※最近ノンフィクションばかり読んでいるからでしょうか、読んだ印象はやや緩いというか、ヌルいというか、期待したほどのインパクトは感じることができません。読まれているのは、なぜなんでしょう。
この本を読んでみてください係数 80/100

◆柚月 裕子 1968年岩手県生まれ。
作品 「臨床真理」「盤上の向日葵」「最後の証人」「検事の本懐」「検事の死命」「検事の信義」「ウツボカズラの甘い息」「朽ちないサクラ」「合理的にあり得ない」 他多数
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