『星への旅』(吉村昭)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2025/04/07
『星への旅』(吉村昭), 作家別(や行), 吉村昭, 書評(は行)
『星への旅』吉村 昭 新潮文庫 2024年4月10日 40刷発行

平穏な日々の内に次第に瀰漫する倦怠と無力感。そこから脱け出そうとしながら、ふと呟かれた死という言葉の奇妙な熱っぽさの中で、集団自殺を企てる少年たち。その無動機の遊戯性に裏づけられた死を、冷徹かつ即物的手法で、誌的美に昇華した太宰賞受賞の表題作。他に 『鉄橋』 『少女架刑』 など、しなやかなロマンティシズムとそれを突き破る堅固な現実との出会いに結実した佳品全6編。(新潮文庫)
◎目次
鉄 橋 ※初の芥川賞候補作
少女架刑
透明標本
石の微笑
星への旅 ※太宰治賞受賞作
白い道
「鉄橋」 「少女架刑」 の二作品については、既に私は 『少女架刑 吉村昭自選初期短篇集Ⅰ』(中公文庫) で読んでいます。ですから、その内容の特異さ、刺激の強さは十分承知しています。それを踏まえて読んでほしいのが 「透明標本」 です。いずれも 「死と死体と、それに深く関わる人」 の話です。気持ち良くはありません。なのに、なぜか読むのが止められません。
生存が現世の束縛の中での生存であるなら、死はすべての拘束からの解放である。それは青空に凧をあげるように、地上の俗塵から解き放たれることであるかもしれない。死んだ少女が解剖を受ける過程を、少女の死後の意識というフィクションを用いて描いたこの作品は、少女のロマンティシズムが解剖医の処置によって徐々に浸蝕されていく物語である。
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しかし興味深いのは、吉村氏が 『少女架刑』 を書く半面、その陰画ともいうべき 『透明標本』 をも書いているということである。解剖される側が人間の死体であるなら、解剖したり処置したりする側も人間である。人骨の標本は、医学的にはたんなる資料たるにとどまるであろう。だが人骨の標本もまた一つの美であるという詩的なモチーフが導入されるならば、事態はかなり変わったものにならざるをえない。
骨の標本を美しく作りあげることを生きがいとする主人公にとっては、それは固有の美への執念でさえもある。にもかかわらず現実の人間社会は、死体から骨の標本を作るような人間をけっして快いものとは思わない。一つの執念がやがて生涯の徒労感をもたらすところに、作者は人生の不条理そのものを見ているように思われる。
人間は何にたいして情熱をもつかわからない。また情熱のもち方によっては、文字どおり異様な世界が成立するであろう。『透明標本』 の世界はすでに異様であった。(磯田光一/解説より)
※本当なら、ここには 「星への旅」 についての説明や感想を書くべきだったのですが、「透明標本」 を読んだ印象が強烈すぎて、ついこんな記事になりました。ご容赦ください。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆吉村 昭 1927年東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。2006年没。
作品 1966年 『星への旅』 で太宰治賞を受賞。同年発表の 『戦艦武蔵』 で記録文学に新境地を拓き、同作品や 『関東大震災』などにより、’73年菊池寛賞を受賞。主な作品に 『ふぉん・しいほるとの娘』 (吉川英治文学賞)、『冷い夏、熱い夏』 (毎日芸術賞)、『破獄』 (読売文学賞、芸術選奨文部大臣賞)、『天狗争乱』 (大佛次郎賞) 等がある。
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