『死神の浮力』(伊坂幸太郎)_書評という名の読書感想文

『死神の浮力』伊坂 幸太郎 文春文庫 2025年2月10日 新装版第1刷

累計150万部大人気シリーズ新装版第二弾) 

死神は自転車を漕ぐ。そして、サイコパスと対峙する。

小学生の娘を殺された山野辺遼・美樹夫妻は、犯人への復讐心に燃えていた。そんな二人の前に現れた謎の男・千葉。彼は遼の 「死」 を判定するために訪れた死神だった。行動を共にする千葉と夫婦を待ち構えていたのは、想像を絶するほど凶悪な殺人犯の罠で - 。飄々とした死神を引き連れて、夫婦の危険すぎる復讐計画が始まる! (文春文庫)

「死神」 シリーズ新装版、二ヶ月連続刊行の二冊目 『死神の浮力』 を読みました。サイコパスと聞くと、普通は目を背けたくなるほどの残忍で凶悪な話を想像しがちですが (そんな場面もあるにはありますが)、全部を読んだ感じでいうと、それとは大きく趣が異なっています。

むしろ、馬鹿馬鹿しくて天然な - そんな描写の連続で、次に死神の千葉が何をしでかすかが気になって、読むのを止められません。千葉は良くも悪くも、おそらくあなたが思う以上に活躍します。笑わせてくれるはずです。

巻末にある 「文庫新装版 著者特別インタビュー」 より、物語のはじめの部分をちょっと詳しく紹介しましょう。

- プロローグで描かれているのは、三〇代の小説家・山野辺と妻の美樹が自宅で息を潜めて暮らしている姿です。二人は一年前の夏、一人娘の菜摘を失っています。犯人と目された二八歳の男が裁判で無罪判決を受けたことで、マスコミは夫婦への関心を再燃させました。そこへ、ママチャリに乗った三〇代半ばほどの背広を着た男がやって来る。

伊坂 そういう状況に陥ってしまった夫婦がいて、どうしようもないほどに追い詰められてしまったところで、家のインターフォンが鳴る。何か予感めいたものがあって応答して 「どちら様でしょう」 と聞くと、相手は 「千葉と言うんだが」 と。その瞬間、読んでいる人は、少し救われた気持ちになるかな、と。それが書きたくて。というよりも僕が読みたかったんですよね。ジャズとかで雑音みたいな音がぶわーっとうるさいくらい鳴っている中に、主旋律のメロディがするすると聞こえてきたら、気持ちいい。その感覚を、小説でやってみたくて、もう、それで一つの作品として成立する気もしたんです。

死神・千葉が傍らにいてくれる安心感

- 山野辺夫婦を取り巻く状況設定から、どのように構想を膨らませていったのでしょうか。

伊坂 山野辺夫婦が、本城という犯人の男に復讐する話にしようと最初から決めていました。本城が無罪判決を受けて拘置所から出てくることになったので、自分たちの手で仇を討ちに行こう、と。ただ、本城はものすごく頭が良くて良心を一切持たない、サイコパスです。本城のほうが一枚上手で、こっちの思惑がバレて拉致されてしまって・・・・・・・というふうに、山野辺夫婦ができるだけピンチになるように、話を考えていった記憶があるんですよね。追い詰められた方が、一緒にいる千葉の存在が生きてきますし。

- 実は、千葉の調査対象者は、山野辺でした。死神は、対象の人間を七日間調査した後で予定通り死なせるか死なせないかを決めている。裏を返せば、その人物は調査期間中の七日間は絶対に死なないということですよね。山野辺は追い詰められるけれども、「死神」 シリーズの世界観の根幹をなすルールによって守られてもいる。

伊坂 こっち側に死神がいれば無敵でしょ、みたいな安心感があるんです。そもそも千葉がいなければ、僕もこんなつらい事件は書かないです。山野辺夫婦の状況はあまりにもつらすぎるので、普通の設定で書いていったら、読んでいてホッとできないし笑える場面も出せない。とことんシリアスな話になってしまうと思うんです。こういったシリアスな話の中に、馬鹿馬鹿しい場面を入れたくなるのが僕の特徴なのかなと思うんですが、千葉がいるととても書きやすいんですよね。

※状況は切迫し、緊急かつ深刻極まりないのですが、そんな空気を一時和ませ、笑わせてもくれるのは、ひとえに 「死神」 の千葉のキャラクターです。千葉はおそろしく長生きですが、人間の常識についてはほとんど学習していません。よって、本人にしてみれば普通のつもりの発言がギャグになったりします。そのとぼけた様子が折々に挟み込まれ、話の重さを調整する絶妙なスパイスとなっています。

最後に。断っておきますが、人の生死を裁定する 「死神」 にあって、千葉は大変真面目で優秀な調査員で、自分の仕事に一切手を抜きません。拷問に耐えますし、必要なら、自動車並みの速さで自転車を漕ぐこともできます。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆伊坂 幸太郎
1971年千葉県生まれ。
東北大学法学部卒業。

作品 「オーデュポンの祈り」「アヒルと鴨のコインロッカー」「ゴールデンスランバー」「グラスホッパー」「重力ピエロ」「AX」「逆ソクラテス」「死神の精度」他多数

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