『神童』(谷崎潤一郎)_書評という名の読書感想文

『神童』谷崎 潤一郎 角川文庫 2024年3月25日 初版発行

あなたの時間を少しだけ、小説とともに。いつもより大きな文字で届ける厳選名作。

いよいよ本当の運命が開けて来た。自分は果たしてえらい人間になれるのだ 

才能 の限界を知る100分間。 小学一年生の頃から抜群の成績を修め、誰もが 「神童」 と褒めそやした春之助。だが、十二歳になる頃には家にこもって本を読むばかりで、無口で弱々しい少年となってしまった。才気あふれる息子を誇っていた両親も将来を憂えるようになったが、彼はますます書物の世界へのめり込んでいった。限界を知ったときに新しい世界が広がる、圧倒的才能の物語。(角川文庫)

読み出すとすぐに気づくのですが、これは著者の谷崎潤一郎が自身をモデルに書いた作品に違いないと。彼は確かに 「神童」 と呼ばれるほど優秀な学生だったようですが、単にその神童ぶりを書いたのかといえば、そうではありません。むしろ、そんな日々を内省し、その突出した才能の向かう先を悔い改めた、天才であるがゆえの “錯覚“ と “軌道修正“ を赤裸々に描いた著者の 「覚醒」の物語だろうと。

春之助は、生家とはまるで違う環境下で生活し年を経るごとに、どんどん疑心暗鬼になっていきます。自分はこの先 「聖人」 になるとまで言わしめた彼の脳髄は、やがてその働きが鈍化しているように思えてならない事態を招くことになります。

読んだ端から内容を忘れてしまう。簡単な英語の意味が思い出せない。あげく授業中に居眠りをしてしまう・・・・・・・それらのことは、それまでの春之助にはありえないことでした。

彼に何があったのか? ・・・・・・ (答えがわかると) それはそれは、わかりやすいことでした。但し、凡人ならいざ知らず、春之助は “生粋“ の神童で、将来 「聖人」 となるべき運命の人でした。そんな彼には、女性の 「あらぬ姿」 を想像することすら許されません。汚らわしく、自分には無縁のことだと固く信じていたからです。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆谷崎 潤一郎
1886年東京生まれ。東京帝国大学国文科中退。

1910年、第二次 「新思潮」 創刊に関わり、同年 「刺青」 を発表。『痴人の愛』 『卍』 などの耽美主義的作品で知られ、生涯3度の 『源氏物語』 現代語訳に取り組む。代表作に 『細雪』 や随筆 『陰翳礼讃』 など。1949年、第8回文化勲章受章。1964年に日本人で初めて全米芸術院・米国文学芸術アカデミー名誉会員に選ばれる。1965年没。

関連記事

『そして、バトンは渡された』(瀬尾まいこ)_書評という名の読書感想文

『そして、バトンは渡された』瀬尾 まいこ 文春文庫 2020年9月10日第1刷 幼

記事を読む

『やりたいことは二度寝だけ』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『やりたいことは二度寝だけ』津村 記久子 講談社文庫 2017年7月14日第一刷 毎日アッパッパー

記事を読む

『ソウル・ミュージック ラバーズ・オンリー』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『ソウル・ミュージック ラバーズ・オンリー』山田 詠美 幻冬舎文庫 1997年6月25日初版

記事を読む

『さよなら、ビー玉父さん』(阿月まひる)_書評という名の読書感想文

『さよなら、ビー玉父さん』阿月 まひる 角川文庫 2018年8月25日初版 夏の炎天下、しがない3

記事を読む

『侵蝕 壊される家族の記録』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『侵蝕 壊される家族の記録』櫛木 理宇 角川ホラー文庫 2016年6月25日初版 ねえ。 このう

記事を読む

『その話は今日はやめておきましょう』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『その話は今日はやめておきましょう』井上 荒野 毎日新聞出版 2018年5月25日発行 定年後の誤

記事を読む

『そして、海の泡になる』(葉真中顕)_書評という名の読書感想文

『そして、海の泡になる』葉真中 顕 朝日文庫 2023年12月30日 第1刷発行 『ロスト・

記事を読む

『実験』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文

『実験』田中 慎弥 新潮文庫 2013年2月1日発行 最近、好んで(という言い方が適切かどう

記事を読む

『琥珀の夏』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『琥珀の夏』辻村 深月 文春文庫 2023年9月10日第1刷 見つかったのは、ミカ

記事を読む

『あとかた』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『あとかた』千早 茜 新潮文庫 2016年2月1日発行 実体がないような男との、演技めいた快楽

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『黒猫亭事件』(横溝正史)_書評という名の読書感想文

『黒猫亭事件』横溝 正史 角川文庫 2024年11月15日 3版発行

『一心同体だった』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『一心同体だった』山内 マリコ 集英社文庫 2025年4月25日 第

『夜の道標』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『夜の道標』芦沢 央 中公文庫 2025年4月25日 初版発行

『フクロウ准教授の午睡 (シエスタ)』(伊与原新)_書評という名の読書感想文

『フクロウ准教授の午睡 (シエスタ)』伊与原 新 文春文庫 2025

『長くなった夜を、』(中西智佐乃)_書評という名の読書感想文

『長くなった夜を、』中西 智佐乃 集英社 2025年4月10日 第1

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑