『60%』(柴田祐紀)_書評という名の読書感想文
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『60%』(柴田祐紀), 作家別(さ行), 書評(ら行), 柴田祐紀
『60%』柴田 祐紀 光文社文庫 2025年3月20日 初版1刷発行
第26回 日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作

“仙台ノワール“ 誕生! 夜の国分町を血に染める悪とカネと暴力の狂宴 -
恩田陸さん激推しの 「仙台ノワール」 第1弾! 第26回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作が待望の文庫化! 眉目秀麗、頭脳明晰のカリスマ極道・柴崎純也は、飲酒運転で人生を失った元銀行員・後藤喜一をスカウトし、マネーロンダリング専用の投資コンサルティング会社 「60%」 を立ち上げる。違法行為に気づくも、地下社会のしがらみのない生き方に惹かれていく後藤。柴崎が従来の反社会的組織とは違う不思議なコミュニティを形成し、強い絆で勢力を拡大していく中、「60%」 の存在意義にも大きな変化が訪れる。やがて来る絶体絶命の破滅・・・・・・・信ずるべきは誰なのか? 解説・恩田陸 (光文社文庫)
つい先日の京都新聞の読書欄で知りました。話題の新刊、文庫のおススメなどが紹介されるのですが、その中の一冊に本作がありました。なかなかないタイトルに、これは読まねばと。
解説の恩田陸氏は 「ジャンルとしては、ミステリーというよりもクライム・ストーリー」 だと述べています。よく似たイメージでぱっと浮かぶのは、たとえば誉田哲也の 「ジウ」 シリーズなどでしょうか。苛烈極まる暴力シーンの連続で、容赦の “よ“ の字もありません。好きかどうかの境目は、おそらくそこではないかと。
『60%』 は、私が選考委員を務めた日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した作品である。四年間の任期のあいだ、私がいちばん気に入った作品だった。(後略)
『60%』 には、作者の登場人物に対する信頼を、素直に感じた。
例えば、酒が抜けにくい体質だった銀行融資係の後藤喜一が、遅くまで接待をしていた翌日に、飲酒運転とみなされて逮捕された後、検事に 「後悔しておられますか」 と聞かれて 「いえ、後悔はしておりません」 と答えた後の独白。「先にお話しした通り、文字通り私は人生のすべてを失ったわけです。しかしそれでも、これが例えば人様の命を奪う結果や、もしくは極めて重い障害を負わせるような大怪我、大事故に至らず、本当によかったとも思っているのです。(中略) つまりこんな私には、今回よりももっと大きな事故を引き起こす可能性もあったわけで、二度と運転はしないと誓った以上、それが永遠になくなったという安堵も少なからずあるのです。後悔がないというのは、つまりはそういうことなのです」
淡々とした、いささか気真面目過ぎるほどの語りに、後藤喜一という人間が血肉を持つのを感じる。
あるいは、田臥組ナンバー2の柴崎という男が、第二次大戦末期の、イタリアで敗走するドイツ兵が行った行為について説く場面。
「兵士達は、もはや失ったものを取り戻すことができなかった。その美しい田園風景の中には、絶望だけが漂っていた。後藤さん、すべてを失った者の目には、遠くに見えるのがたとえ荒れ果てたボロ家だとしても、そこにいずれ暖かい灯がともる未来が見えるんだ。自分達が喪失したものを、いずれ手に入れる人々が、その目に映っている。そこには憎しみしかないだろう。その憎しみ、憎悪という原動力が、彼らのボロボロの身体を動かしている。ただの憎悪じゃあない。ただ家を吹っ飛ばす程度じゃ到底おさまらない、陰湿で、冷血で、とてつもなく深い憎悪だ」
この、底知れぬ残虐さを持つ癖に、時に奇妙な詩情すら漂わせる男に、作者がとことん惚れこんでいることが伝わってくるし、柴崎が目の前にいてその声を聞いているように感じられる。
プロットを追うだけでなく、こういう登場人物の人生哲学や心象を味わうのが、小説を読む楽しみなのだ、と思う。作者が信じている世界の、信じている登場人物が動き出すのを、作者と一緒に眺める楽しみが。(解説より)
※帯に “仙台ノワール“ とあったので、もっともっと仙台の街の様子が描かれていると思いきや、それほどでもなくて、そこは大変残念に感じました。地元の方が読んだならなおさらに、もっと仙台をアピールしてほしかったと、きっと思うはずです。(まあそんな悠長な話ではないのですが)
この本を読んでみてください係数 80/100

◆柴田 祐紀
1974年秋田県由利本荘市生まれ。会社員。
作品 本作で第26回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、2023年デビュー。
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