『蛇行する月 』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『蛇行する月 』桜木 紫乃 双葉文庫 2025年1月27日 第7刷発行

大切なあの人へ特別な一冊を。

東京に逃げることにしたの - 。釧路の高校を卒業してまもなく、二十以上も年上の和菓子職人と駆け落ちした順子。親子三人の貧しい生活を 「しあわせ」 と伝えてくる彼女に、それぞれ苦悩や孤独を抱えた高校時代の仲間は引き寄せられる。自分にとって、本当のしあわせとは何か? ままならぬ人生を辿る女たちが見いだした、ひとすじの希望を生きることへの温かなエールが胸に響く物語。(双葉文庫)

人生は思うほどうまくはいきません。おそらく多くの人が、生まれた家が違ったら、育った町がここではなかったらと、一度や二度は考えたに違いありません。

但し、大人になった後の人生は、良くも悪くも自分自身が選び取ってきたもので、下手な言いわけはできません。「順子」 がこうと決めた人生はどうだったのでしょう? 本人が言うほどに 「しあわせ」 だったのでしょうか。ほかに行き場もなくて、自分にそう言い聞かせていただけではないのでしょうか。

ほんとうのところはわかりません。ただ言えるのは、他人の 「しあわせ」 は外から見ているだけではわからない。(実に難しいことではありますが) 誰かと比べて思うものではない、ということでしょう。

物語の舞台は北海道と東京。「清美」 「桃子」 「弥生」 「美菜恵」 「静江」 「直子」 と章に女性の名前がついており、年代を変えながら六人の目線で物語は進行する。

全員が息苦しさを抱えている。田舎にいることの、金がないことの、職場の、家族間の、どんづまり感。そして彼女たちを貫く人物に 「順子」 がいる。

順子は高校時代図書部に所属しており、六人のうち清美と桃子と美菜恵と直子は当時の仲間だ。順子は卒業後、就職した札幌の和菓子屋の二十以上も年上の旦那と東京に駆け落ちした。三話目の弥生は和菓子屋の捨てられた妻で、五話目の静江は逃げた順子の母親である。

彼女たちの何人かに、順子からあかるい言葉が届く。電話口で、手紙で、年賀状で、「わたし今、すごくしあわせ」。

六人にとって順子の行動は、向こう見ずな決壊をし、蛇行のくねりを$マークのように貫いて一直線の川と化したようなもんだろう。しかも流れ出た先には 「しあわせ」 があったというのだ。女たちは左右に取り残された三日月湖みたいな気持ちになったと思う。望みの場所にまっすぐ行けないことも苦痛だったが、川ですらなくなり、自分は干し上がるのを待つだけなのか・・・・・・・。

というわけで、誰もが順子の 「しあわせ」 を確認したくてたまらなくなる。(解説より)

※こういう話を書かせたら、著者の右に出る者はいません。起点はあくまで北海道、「寂れて早々に働く場所も見つからない」 道東の町です。叙情豊かな北の大地を舞台に、揺れ惑う女を書かせれば天下一品。最終章 「直子」 は、私でなくても胸に刺さって泣けるはずです。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆桜木 紫乃
1965年北海道釧路市生まれ。

作品 「起終点駅/ターミナル」「凍原」「氷平線」「ラブレス」「ホテルローヤル」「硝子の葦」「星々たち」「ブルース」「霧/ウラル」「砂上」「家族じまい」「ブルース Red」他多数

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