『受け手のいない祈り』(朝比奈秋)_書評という名の読書感想文

『受け手のいない祈り』朝比奈 秋 新潮社 2025年3月25日 発行

芥川賞作家・医師の衝撃作。 この作品が芥川賞を受賞すると思っていた。九段理江氏 (第170回芥川賞受賞)

命を救うため、魂を犠牲にする - 。医師としての経験を元に過酷すぎる救命の現場を描く、幻の衝撃作。芥川賞受賞後、初の単行本化。

我々の命は見捨てられたのか。 「誰の命も見捨てない」 を院是に掲げる大阪近郊の総合病院の青年医師・公河 (きみかわ) は、別の病院の産科医だった医大時代の同期が過労死したことを知った。だが感傷に浸る間もなく、患者は次々に運び込まれる。感染症の拡大で医療体制が逼迫し、近隣の病院は夜間救急から撤退、公河たちの病院が最後の望みになった。徹夜での治療や手術が続き、70時間を超える連続勤務で公河たちの身体と精神は限界に。命を救った患者たちは日常に戻るが、自分たちはこの地獄から出られない - 。医師の経験と驚異の想像力で話題作を次々と発表する作家が、命と魂の相克を描く。(新潮社)

公河が勤める病院の周辺には、他に救急医療を行っている病院がありません。一つは “崩壊“、一つは “撤退“ したからでした。結果彼が勤める、山手の安い農地に建つ病院に救急患者が殺到します。次から次へと搬送されてくる人の中には、少なからず、一刻を争う場合があります。対処法を決め、必要ならすぐに手術を始めなければなりません。有無を言わせず、問答無用に仕事は続きます。

果てがありません。この日、公河は初めて眠ることなく四回目の太陽を見ることになります。実に七十三時間目の、勤務の始まりでした。

本作についての著者のインタビュー記事を見つけました。それを紹介したいと思います。

公河のように医者は人の命を日々天秤にかけることを強いられる。自分は何十時間も寝ていない中、目の前の患者はこのままだと絶対に死ぬから、あーっ、もう休みたいって思いながら血を止めるわけです。そうすると患者の命は助かり、寝ずの勤務がまた続くという連鎖は終わらない。それでも目の前に人の命を差し出されると拒めないし、見捨てられない。それってたぶん医者に限らないと思う。

その良心に付け込むシステムもだからこそ生まれるわけで、近隣の病院が救急から撤退し、地域の医療を数人で担うような状況になるとハマってしまう。人の命がかかると無理なんです。死ぬまで働いちゃうんです。いくら医者の時間外労働の上限が法律で決められても、本当に守ったらそれ以上の人が死ぬ。だから国や行政や、へたすると医者自身も、自分が死ぬ方がまだマシだと思いこむ状況が、時々ですけど訪れるんです」 (後略/週刊ポスト 2025.04.01 より)

※もはやそれは肉体的・精神的限界をはるかに超えたところにある、いわば無我の “境地“ のようなものなんだろうと。そうとでも思わなければ、あんなにも過酷な状況で、あんなにも神経を使い、人ひとりの命を左右する仕事を続けられるわけがありません。朦朧とする中で、今にも瞼が閉じようとする中で、喉に物が通らない状態で、背骨の熱がとれないままに、四日も寝ない状況で・・・・・・・ 。彼が勤める病院の 「誰の命も見捨てない」 という院是の 「誰」 の中には、悲しいかな、「医師」 は含まれてはいません。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆朝比奈 秋
1981年京都府生まれ。小説家、医師。

作品 「植物少女」「私の盲端」「あなたの燃える左手で」「サンショウウオの四十九日」など

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