『現代生活独習ノート』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『現代生活独習ノート』津村 記久子 講談社文庫 2025年5月15日 第1刷発行

あなたは悪くない - 味気ない日々をやさしいユーモアで肯定してくれる8つの短編。 

「リフレッシュ休暇をもらったが、もはや私にはリフレッシュする気力自体が残っていなかったのだった。」 入社希望の学生のSNSチェックに疲れ果てた会社員。代々続く母と娘の台所戦争。遅れても許せてしまうことが美点のロバによる配送サービス・・・・・・・。膨大な情報の摂取と判断に疲れてしまった現代人の生活に寄り添うやさしさと、明日を生きるための元気をくれるユーモア満載! 味気ない日々をゆるゆると肯定し、現代人の張りつめた心をゆるめる短編集。「もう何もしたくないという切実な本音に寄り添ってくれる稀有な小説」 - 金原ひとみ 本屋大賞第2位水車小屋のネネ、Xで何度もバズった芥川賞受賞作ポトスライムの舟など、書店&SNSで話題を集める著者による、脱力系日常譚の真骨頂! (ebook japan 25th より)

目次
レコーダー定置網漁
台所の停戦
現代生活手帖
牢名主
粗食インスタグラム
フェリシティの面接
メダカと猫と密室
イン・ザ・シティ

これぞ津村記久子、と思う話が8編。私は後半の二つ、「フェリシティの面接」 と 「メダカと猫と密室」 を特に楽しく読みました。

著者の “お仕事小説“ に登場するOLのキャラクターが、私は大好きです。“彼女“ はいたって平凡で、(たいていの場合) 大人しく地味な方ではありますが、上司の命令に唯々諾々と従っているだけの女性ではありません。時に疑問を呈し、時に驚くような行動に出たりもします。

情報過多のSNS、家族とのわだかまり、取引先にいい顔をするため休日出勤を強いる上司 - 。津村記久子さんの短編集 『現代生活独習ノート』 (講談社) は、現代に生きる私たちを疲弊させるあれこれから心を守る方法を、じんわりと提示してくれる。

1編目の 「レコーダー定置網漁」 は、入社希望の学生たちのSNSをチェックする仕事を任された 「私」 が主人公。学生たちがSNSで共有する、「知っておくべき」 「やるべき」 だと脅しをかけてくる情報の波にもみくちゃにされ、「私」 は今まで送ってきた暮らしへの自信をなくしてしまう。

「現代は選択肢が多すぎて、みんな誰かに自分の選択を肯定してほしい。だからSNSでキラキラした姿を発信して、肯定をしあって。自由なようでいて、お互い規定しあってますよね。それを見ているうちに情報にジャッジされて、責められているように感じて、疲れてしまう」

すべての気力を失った 「私」 にできるのは、カーテンを閉め切った暗い部屋に横たわり、レコーダーにとりためた再放送のドラマを見ることだけ。ところがいつのまにか再放送は終わっていて、見知らぬ深夜番組が始まっていた。

ぼんやりと番組を眺め、見よう見まねで料理とも呼べない料理を作ってみたり、心安らぐと紹介されていた靴下の毛玉取りを実践してみたり。そんな小さな達成感を積み重ねながら、「私」 は少しずつ、自分なりの暮らしを取り戻していくのだった。

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他の7編の収録作の主人公たちも、たわいない方法でそれぞれの抑圧に対処していく。表題の 「独習」 には、「ひとりでいい」 という思いを込めた。(後略)

フラットな筆致の裏にある人間への確かな信頼が、作品全体を熱しすぎず、しかし温かなものにしている。(「好書好日」 より/尾崎希海=朝日新聞 2022年2月9日掲載)

※特別なことは何も書いてありません。但し、「すらすら」 読めるわけではありません。丁寧に、慌てずに読んでください。おおよそ全部が日常の些細な事ではありますが、その試みや発見に、きっと意表を突かれるはずです。安らいで、心癒されるかもしれません。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆津村 記久子
1978年大阪府大阪市生まれ。
大谷大学文学部国際文化学科卒業。

作品 「まともな家の子供はいない」「君は永遠にそいつらより若い」「ポトスライムの舟」「ミュージック・ブレス・ユー!! 」「とにかくうちに帰ります」「浮幽霊ブラジル」「ディス・イズ・ザ・デイ」他多数

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