『ユーチューバー』(村上龍)_書評という名の読書感想文 

『ユーチューバー』村上 龍 幻冬舎文庫 2025年6月15日 初版発行

静かでクリアで、何も起こらないのに狂気じみた小説! - 金原ひとみ (作家)

激しく、濃密な過去の日々 - 。

人気作家、矢﨑健介70歳。都内のホテルで知り合った自称 「世界一もてない男」 に請われ、興味本位でユーチューブ番組への出演を承諾する。カメラの前で矢﨑が語るのは、かつて付き合った女性たちとの激しく、濃密な日々だった - 。矢﨑健介の 「自由」 は一体何を生み出すのか? 数々の出会いと喪失を繰り返し、命の源を追い求める連作小説。解説・金原ひとみ (幻冬舎文庫)

久しぶりの、村上龍。相も変わらず、一筋縄ではいきません。(普通に暮らす我々とは) 別の世界の出来事で、理解するのは並大抵ではありません。

本作は短編四篇で構成されている。書き下ろしの表題作 「ユーチューバー」 と、それぞれ別の文芸誌に掲載された 「ホテル・サブスクリプション」 「ディスカバリー」、そして 「文藝」 に寄稿してもらった 「ユーチューブ」、の三本だ。この四作の中心にいるのは、ホテル暮らしをしている矢﨑健介という七十前後の作家であり、矢﨑健介を使って視聴者数を増やしたいユーチューバー、ユーチューバーになる前の、まだ執行役員として働いていた頃の男、矢﨑の部屋に週数回泊まっていく、銀行で働く五十代女性の視点から、矢﨑との物語が進行し、最終章は矢﨑本人の視点で描かれる。

矢﨑は龍さん自身を彷彿とさせる人物に設定されている。著名な作家であり、ワインとテニスとディスカバリーが好きで、You Tubeでエディット・ピアフやモノクロ映画を見る。矢﨑には起伏がない。ずっと酒を飲みながら、聞かれたことや、唐突にも感じられる、聞かれていないことを延々喋り続けるが、どこか憂鬱さを感じさせる。心を許していると思しき女性には映画が駄作だと怒りを露わにするようだが、巨大な空白に佇んでいる印象だ。

矢﨑のセリフはアフォリズム的であると同時に、漠然ともしている。

おれは、今でも用事がないし、これまでも用事がなかった。用があるって、想像できなかったし、自分がどこかに用事で行かないといけないという事態は、一回もなかった。

という言葉で己の生き方を語り、

今でも、よく覚えているのは、早慶戦のあとで、野球の早慶戦だけど、新宿駅に集まって、みんなで飲んでた。おれは、そういう連中は、死ねばいいと思ってた。いや、殺したいほど憎いとかって意味じゃないんだ。単に、死んだほうがいいって、そんな感じかな

と過去に抱いていた思いを吐露する。

たとえば、不注意で、ハイエナに子どもを殺されたメスライオンとか、新しく交尾をするオスライオンに子どもを殺されたメスライオンが、悲しい表情をしているかどうか、わからないんだ。それは、ナレーションは、悲劇が起こったというし、悲しい音楽が流れたりするけど、メスライオンの感情は、わからない。

と、どう想像しても分からないことにも正確な言葉を尽くす。矢﨑は奇を衒うだとか、格好つけるだとか、斜に構えたセリフが皆無で、とにかく自分に分かっていることを精度高く発言する。はっきりしないことはどうなのかな、と、分からないことは分からない、と言う。(解説より)

早慶戦の話は、(なんとはなくですが) 矢﨑の気持ちがわからぬではありません。メスライオンの話は確かにその通りだとは思いますが、正直考えたことがありません。人なら悲しい。だからメスライオンも悲しいだろう。悲しいに違いない、と思うのですが。それではダメなのでしょうか。

よせばいいのに、またやっかいなものを読みました。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆村上 龍
1952年長崎県佐世保市生まれ。
武蔵野美術大学造形学部中退。

作品 「限りなく透明に近いブルー」「コインロッカー・ベイビーズ」「愛と幻想のファシズム」「五分後の世界」「村上龍映画小説集」「希望の国のエクソダス」「半島を出よ」他多数

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