『去年の冬、きみと別れ』(中村文則)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/12 『去年の冬、きみと別れ』(中村文則), 中村文則, 作家別(な行), 書評(か行)

『去年の冬、きみと別れ』中村 文則 幻冬舎文庫 2016年4月25日初版

ライターの「僕」は、ある猟奇殺人事件の被告に面会に行く。彼は二人の女性を殺した罪で死刑判決を受けていた。だが、動機は不可解。事件の関係者も全員どこか歪んでいる。この異様さは何なのか? それは本当に殺人だったのか? 「僕」が真相に辿り着けないのは必然だった。なぜなら、この事件は実は - 。話題騒然のベストセラー、遂に文庫化! (幻冬舎文庫)

相変わらずこの人の書く小説はややこしい。(もう慣れてしまった私などはいいにしても)初めて読んだ人の中には、いったい今誰が誰のことを語っているのかまるでわからないような事態になります。

伏線があり、きちんと回収されもするのですが、それで全部が腑に落ちるかというとそんなことでもなく、何かしらもやもやしたものがあとに残って気分がよろしくない。

但し、だからといって読まないでおくかというとそうではなくて、そここそが中村文則の書く小説の最大の魅力であり、性懲りもなくまた読んでみようと思うそもそもの動機なわけです。

彼の書く小説は、単に(ここは敢えて“単に”と言わせてもらいます)ミステリーの領域にとどまらず、他に書こうとするものが確かにあるのがわかります。それが如何にも難解で、読み手を試すようなところがあります。

その上、決まったように話の構図が複雑で、何気に読んでいると、いつの間にかある人物と別の人物とがすり替わっていたりします。正しく読もうとすると、少しばかり注意が必要です。

僕はきみから別れを告げられても、まだきみと別れた気がしなかった。きみが死んだ時も、奇妙に聞こえるかもしれないけれど、きみと別れてはいなかった。きみの人形と暮らそうとしていたくらいだから・・・・。

僕が本当にきみと別れてしまったのは、去年の冬だ。木原坂朱里を初めて抱いたあの夜。人間をやめ、化物になろうと決意した夜。・・・・きみの彼氏が、化物であってはならない。そうだろう? 去年の冬、きみと別れ、僕は化物になることに決めた。

僕は僕であることをやめてしまった。彼らに復讐するために、僕はそこで、壊れてしまったんだよ。

木原坂雄大。35歳。職業は、カメラマン。彼は二人の女性を殺害した罪で起訴され、一審で死刑判決。現在は高等裁判所への控訴前の被告という状態にあります。ライターである「僕」は、編集者の依頼をもとに彼についての本を書こうとしています。

被害者である二人の女性はまだ若く、一人は吉本亜希子、一人は小林百合子といいます。吉本亜希子は目が見えず、小林百合子の旧姓は栗原百合子といいます。二人は共に木原坂の写真のモデルだったのですが、彼の狂気の果てに焼き殺されてしまうことになります。

木原坂には、朱里という名の姉がいます。この、姉の朱里というのが何やら怪しい - と書くと、他に出てくるすべての人物がどこか歪んで見え、世を儚んでいるように感じられます。

勘違いされるといけないので、少し(否、結構ここがポイントなのですが)ヒントを書いておきます。この小説の主役は木原坂雄大ではありません。ライターの「僕」でもなく、まして木原坂の姉・朱里でもありません。他に隠れた人物がいるのに気付くと、尚一層興味深く読むことができます。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆中村 文則
1977年愛知県東海市生まれ。
福島大学行政社会学部応用社会学科卒業。

作品 「銃」「遮光」「悪意の手記」「迷宮」「土の中の子供」「王国」「掏摸〈スリ〉」「何もかも憂鬱な夜に」「最後の命」「悪と仮面のルール」他多数

関連記事

『白いしるし』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『白いしるし』西 加奈子 新潮文庫 2013年7月1日発行 【夏目香織】 夏目は32歳の独身

記事を読む

『果鋭(かえい)』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『果鋭(かえい)』黒川 博行 幻冬舎 2017年3月15日第一刷 右も左も腐れか狸や! 元刑事の名

記事を読む

『これが私の優しさです』(谷川俊太郎)_書評という名の読書感想文

『これが私の優しさです』谷川 俊太郎 集英社文庫 1993年1月25日第一刷 1952年のデ

記事を読む

『空中ブランコ』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『空中ブランコ』奥田 英朗 文芸春秋 2004年4月25日第一刷 『最悪』『邪魔』とクライム・ノ

記事を読む

『ヒポクラテスの試練』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『ヒポクラテスの試練』中山 七里 祥伝社文庫 2021年12月20日初版第1刷 自

記事を読む

『献灯使』(多和田葉子)_書評という名の読書感想文

『献灯使』多和田 葉子 講談社文庫 2017年8月9日第一刷 大災厄に見舞われ、外来語も自動車もイ

記事を読む

『木になった亜沙』(今村夏子)_圧倒的な疎外感を知れ。

『木になった亜沙』今村 夏子 文藝春秋 2020年4月5日第1刷 誰かに食べさせた

記事を読む

『恋』(小池真理子)_書評という名の読書感想文

『恋』小池 真理子 新潮文庫 2017年4月25日11刷 1972年冬。全国を震撼させた浅間山荘事

記事を読む

『顔に降りかかる雨/新装版』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『顔に降りかかる雨/新装版』桐野 夏生 講談社文庫 2017年6月15日第一刷 親友の耀子が、曰く

記事を読む

『綺譚集』(津原泰水)_読むと、嫌でも忘れられなくなります。

『綺譚集』津原 泰水 創元推理文庫 2019年12月13日 4版 散策の途上で出合

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『錠剤F』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『錠剤F』井上 荒野 集英社 2024年1月15日 第1刷発行

『絞め殺しの樹』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文

『絞め殺しの樹』 河﨑 秋子 小学館文庫 2024年4月10日 初版

『つまらない住宅地のすべての家』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『つまらない住宅地のすべての家』津村 記久子 双葉文庫 2024年4

『悪逆』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『悪逆』黒川 博行 朝日新聞出版 2023年10月30日 第1刷発行

『エンド・オブ・ライフ』(佐々涼子)_書評という名の読書感想文

『エンド・オブ・ライフ』佐々 涼子 集英社文庫 2024年4月25日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑