『孤独の歌声』(天童荒太)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『孤独の歌声』(天童荒太), 書評(か行)

『孤独の歌声』天童 荒太 新潮文庫 1997年3月1日発行

天童荒太が気になります。つい先日までテレビ放映されていた 「家族狩り」 の原作者ですと紹介するのが、一番通りがよいかも知れません。

天童荒太が「才気あふれる新星」と評された初期の小説です。内容は凄惨で猟奇的な場面が多く描かれたサイコサスペンス風の仕上がりですが、テーマは人が抱える 「孤独」 です。

動機に対する説得力の弱さ、やや緩い人物造形などには多少の不満があるのですが、心理描写が非常に丁寧かつ詳細で不足分を帳消しにしています。

何より、それぞれの 「孤独」 を鮮明に浮かび上がらせる為の方便と思えば気にしなくて済みます。

主要な登場人物は3名。

芳川潤平・・コンビニでアルバイトをしながら曲を作り、マイナーながらライブ活動も続け、将来は歌手になることを夢みています。

朝山風希・・婦警の朝山はコンビニ連続強盗事件の捜査担当でしたが、個人的には同時に発生している連続婦女誘拐殺人事件に強い関心を持っています。

松田隆司・・風希と芳川が追うことになる連続婦女誘拐殺人事件の犯人。松田の昼の顔はコンピュータシステム会社の社員で、今は出向してパソコンソフトの開発をしています。

3名の過去にはそれぞれに、心の傷として消えないトラウマがありました。

陸上部のリレーメンバーだった親友が事故で亡くなり、芳川は失意のうちに高校を中退して親元を離れます。
他人からバトンを上手く受け取れない芳川はいつも第一走者で、バトンを渡す相手はいつも第二走者の親友でした。

風希は13歳の頃、夜中に親友と二人で行ったコンビニの帰りに補導員を装った男に声をかけられます。男は身柄引取りのために保護者を連れて来いと言いますが、帰りたい一心で、
その言葉にすぐ反応したのは風希の方でした。結果として一人誘拐犯の傍に残された親友は行方不明となり、風希が高校に入った年に遺体となって発見されるのでした。

連続殺人犯の松田は、著しく精神を病んだ狂気の男です。
両親とは離別、自分の嗜好を笑う妻とも離婚しています。松田は家族というものに非常に高い理想を持ち、その理想を理解し共有してくれる女性を探しているのでした。
しかし、その探し方が常軌を逸するものでした。気味が悪いのは、毎日のように4人分の弁当と犬の餌を買い、ビニールシートが敷かれ窓が閉ざされた部屋で行われる食事の場面です。
そこにはマネキン人形の両親と置物の犬、中央には誘拐して全裸で縛った女性がいるのでした。松田は嬉々として「家族」に話しかけ、食べ物を与えます。

風希は捜査で潤平の勤めるコンビニへ出向き、彼と接するうちに潤平に自分と同じ臭いを嗅ぎ取り心が傾いて行きます。

ラストでは風希の隣に住む木崎京子が誘拐されます。おとり捜査を始めた風希の前についに現れた松田を、潤平と共に追い詰めるのでした。

「ひとりだけれど、きっとひとりでないと信じられる歌声」を我々に聞かせたい一心で、天童荒太はこの小説を書いたと語っています。

ストーリーもさることながら、合間で語られる3人の心の揺れにこそ耳を傾けるべきなのでしょう。

彼は、この小説で「孤独」の原形を我々に示してくれているのだと思います。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆天童 荒太

1960年愛媛県生まれ。

明治大学文学部演劇学科卒業。

初期は本名の栗田教行で活動、その後ペンネームを天童荒太とする。

作品 「白の家族」「家族狩り」「永遠の仔」「あふれた愛」「悼む人」「歓喜の仔」など

◇ブログランキング

応援クリックしていただけると励みになります。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』 白石 一文 講談社 2009年1月26日第一刷 どちらかと

記事を読む

『吉祥寺の朝日奈くん』(中田永一)_書評という名の読書感想文

『吉祥寺の朝日奈くん』中田 永一 祥伝社文庫 2012年12月20日第一刷 彼女の名前は、上から読

記事を読む

『愚行録』(貫井徳郎)_書評という名の読書感想文

『愚行録』貫井 徳郎 創元推理文庫 2023年9月8日 21版   貫井徳郎デビュー三十周年

記事を読む

『火車』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文

『火車』宮部 みゆき 新潮文庫 2020年5月10日87刷 ミステリー20年間の第1

記事を読む

『金曜のバカ』(越谷オサム)_書評という名の読書感想文

『金曜のバカ』越谷 オサム 角川文庫 2012年11月25日初版 天然女子高生と気弱なストーカーが

記事を読む

『個人教授』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『個人教授』佐藤 正午 角川文庫 2014年3月25日初版 桜の花が咲くころ、休職中の新聞記者であ

記事を読む

『崩れる脳を抱きしめて』(知念実希人)_書評という名の読書感想文

『崩れる脳を抱きしめて』知念 実希人 実業之日本社文庫 2020年10月15日初版

記事を読む

『寡黙な死骸 みだらな弔い』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『寡黙な死骸 みだらな弔い』小川 洋子 中公文庫 2003年3月25日初版 息子を亡くした女が洋菓

記事を読む

『きれいなほうと呼ばれたい』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『きれいなほうと呼ばれたい』大石 圭 徳間文庫 2015年6月15日初刷 星野鈴音は十人並以下の容

記事を読む

『グラニテ』(永井するみ)_書評という名の読書感想文

『グラニテ』永井 するみ 集英社文庫 2018年2月25日第一刷 "女" になるあなたが許せない。

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『今日のハチミツ、あしたの私』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『今日のハチミツ、あしたの私』寺地 はるな ハルキ文庫 2024年7

『アイドルだった君へ』(小林早代子)_書評という名の読書感想文

『アイドルだった君へ』小林 早代子 新潮文庫 2025年3月1日 発

『現代生活独習ノート』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『現代生活独習ノート』津村 記久子 講談社文庫 2025年5月15日

『受け手のいない祈り』(朝比奈秋)_書評という名の読書感想文

『受け手のいない祈り』朝比奈 秋 新潮社 2025年3月25日 発行

『蛇行する月 』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『蛇行する月 』桜木 紫乃 双葉文庫 2025年1月27日 第7刷発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑