『皆のあらばしり』(乗代雄介)_書評という名の読書感想文

『皆のあらばしり』乗代 雄介 新潮文庫 2025年8月1日 発行

ぼくと中年男は、謎の本を探し求める。三島賞作家の受賞第一作。

幻の書の新発見か、それとも偽書か - 。高校生のぼくは、うさんくさい男と 〈謎の書〉 の存在を追う。その名は、『皆のあらばしり』。探究は真と嘘の入れ子を孕み、歴史をさかのぼり、コンゲームの様相を呈しつつ、ついに世界の深奥にある 〈ほんまもん〉 に辿りつくが・・・・・・・。大逆転の結末に甘美な香気さえ漂う表題作のほか、「ニセ偽書事始」 「『皆のあらばしり』 の成立について」 を収録した傑作。(新潮文庫) 

手強く、難解なのは承知していました。それでも読みたいと思うのは、著者の作品のどこに惹かれてのことなのか・・・・・・・。予想もしない書き出しに戸惑い、読むのをやめようかとも思いましたが、何やらミステリーな展開に引き込まれ、どうにかこうにか読み通すことができました。

ただ “並の小説“ ではありません。何がもとでこの物語が完成したのか - それが本作に続く 「ニセ偽書事始」 「『皆のあらばしり』 の成立について」 で明かされています。著者の「小説」 に対する並々ならぬ思いに、「そこまでして」 と感心せざるを得ません。

◎目次

皆のあらばしり
ニセ偽書事始

皆のあらばしりの成立について

知識欲に突き動かされ、熱狂の時を過ごす一人の高校生の姿を通し、学ぶことの面白さを大いに喧伝してみせるのが本書である。

栃木県にある皆川城址で、地元の高校の歴史研究部に所属するぼくは、大阪弁を喋る30代とおぼしき男と出あう。歴史に造詣が深く、明治期の地誌の下書きや当地の旧名家の蔵書目録に並ならぬ関心を示すその男は、どこか胡散くさくて一筋縄ではいかなそう。しかし博識ぶりは本物で、それに魅了されたぼくは、ある書物についての調査に協力することになる。

小津久足著 「皆のあらばしり」。小津安二郎の遠縁、久足によるものと目録に記載はあるが、その他のどこにも記録のない本は実在するのか。新発見もしくは偽書か。男とぼくは、探偵とその見習いのように、幻の本の真相に迫っていく。

スリリングなのは、濃密な会話劇で物語が進む点だ。素数の日の木曜ごとに2人が待ち合わせる城址公園は、螺旋状の曲輪を持ち、道行く人の姿をふいに見失わせる構造となっている。憧れと疑心の間で揺れつつ、素性も狙いもなかなか明かさぬ男にぼくは食らいつき、対話を重ねる。そして自分の有用性を認めさせるべく秘策を繰り出すのだ。

「騙すということは、騙されていることに気付いていない人間の相手をするということだ」。これは物語最終盤の男の言だが、騙し騙される関係に、おのずと読者も巻き込まれるだろう。

ぼくが圧倒されるのは男の知識量である。神社の手水鉢の石の種類まで言い当てられ驚きを隠せないぼくに、男は 「学ぶうちに知らなあかんことが無限に出てくんねん」 とうそぶく。知識は世界に対する認識の解像度を上げる。歴史の深掘りは、人々の連綿たる営みの上にある現在を知ることだ。人文学の意義が問われるいま、本書のメッセージは真理の光となる。マウントでなく、知性で結びつく対等な関係。ぼくの憧れは私たちの憧れでもある。(「好書好日」 より/江南亜美子:2022年1月29日朝日新聞掲載)

※「人を喰った大阪弁の男」 は、一方的な割には律儀なところがあって、思った以上に博識で。但し、間違っても学者や大学の先生などではありません。むしろ “山師“ のような、そんな感じの男には上品なところが一切ありません。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆乗代 雄介
1986年北海道江別市生まれ。
法政大学社会学部メディア社会学科卒業。

作品 「本物の読書家」「旅する練習」「最高の任務」「ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ」「それは誠」など

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